第10話 シオン

久しぶりに森に狩猟に来てみたら、何やら面白そうなものを見つけてしまった。


あの少女……陽泉花に祈りでも捧げているのか?

その割に、麻袋と剪定ばさみも持っているし、採取する気満々にも見える……。


しかし、こんなところに、陽泉花の群生地があったとはな。

これだけあれば、騎士団用のポーションの材料として、半年分はカバーできるんじゃないだろうか。


実に素晴らしい。この場所は定例会で周知しておくとして……。

ベクター達はまだ来ないだろうし、あの子にちょっと声を掛けてみようかな。



「――やあ、こんなところに群生地があったとはね」



茂みから出て、俺は群生地に入った。


少女は目をまん丸にして、驚いた様子で固まっている。

その驚きっぷりが妙におかしくて、思わず吹き出しそうになった。


「ふふっ、悪い、驚かせてしま――」

『キュェーーーーーーッ!!』


その瞬間、どこからともなく魔鳥が飛び立った。

そして、少女を守るように、俺の前に立ちはだかる。


「な、なぜこんな場所にヴォルホークが……!」


ヴォルホークは、険しい高山地帯に生息する高位魔鳥だ。

強力な魔法を操り、人語を理解する高い知性を持つ。それゆえ、人に懐くことはないと言われているのだが……。


『キュェッ!!』


しかし、このヴォルホークは両翼を広げ、明らかに後ろの少女を守っている。

そんなことがあり得るのだろうか……。


「驚かせてすまない! 私の名はシオン、君達に危害を加えるつもりはない!」


両手を上げ、敵意が無いことを示す。


「クラモ! ありがとう、大丈夫だから……」


少女が言うと、ヴォルホークが広げていた羽根を収めた。

ふぅ、誤解は解けたようだな……。


「悪かったね、突然声を掛けたりして……」

「あ、いえ、こちらこそすみません」


ペコッと頭を下げ、少女は人当たりの良い笑みを浮かべた。


「私はナギと言います。こっちはクラモ、私の兄弟子です」


「兄弟子……?」

「あ、私、錬金工房で見習いをしてるんですが、クラモは師匠の一番弟子なので」


そう言って、ナギはクラモの背を撫でた。


「ああ、そういうことか。しかし、ヴォルホークが人に懐くなんて……驚いたよ」

「そうなんですか? まあ、懐いているというか、私が面倒を見てもらってるって感じですけどね……あはは」


変わった空気感を持ってる子だなぁ……。

何だか構いたくなるというか、危なっかしいというか。


「じゃあ、今日は採取に?」

「はい、でも……実は今日が初めてで」


「そうなの? ここ、森の結構深いとこにいるけど……帰りとか大丈夫?」

「あ、はい、それならクラモが案内してくれますので」

『クアッ!』


ヴォルホークは、お前の出る幕などないと言わんばかりに圧を掛けてくる。


間近でこの魔鳥を見るのは初めてだが、噂以上だな。

これを倒せと言われると……腕の一本は覚悟しないと無理だろう。


「へぇ……すごいね、ヴォルホークが道案内を……」

「あの、シオンさん。せっかくなのに申し訳ないんですけど、採取をしなくちゃいけないので……そろそろ、いいですか?」


「ああ、これは気付かず失礼した! 兄弟子がいれば心配は無いと思うが、森には危険が多い、くれぐれも気を付けて」

「はい、ありがとうございます」


「ではナギ、またどこかで――」


俺は軽く手を上げてナギに背を向けると、森の中へ戻った。



 * * *



「シオン様! 良かった、こんなところに……勝手に先に行かれますと困ります!」


息を切らせたベクターと、数人の猟師達が追いついてきた。


「悪いな、獲物を追っていたんだ」


「シオン様の身にもしものことがあったら、ここにいる全員の首が飛ぶんですよ! もっと御自身の立場を自覚していただかないと……!」


「わかったから、そんなに怒らないでくれ。それと、屋敷以外で、その言葉遣いをやめろと言ったはずだろ?」


この口うるさいベクターと俺は、幼い頃から共に育ってきた。

代々アルヴォラリス公爵家に仕えるクリス家の嫡男で、今は護衛騎士として俺に忠誠を誓っている。


「わかったよ、シオン。しかし、本当に獲物を? さっきからウサギ一匹見かけないんだが……」と、口調を崩したベクターが周囲を見回した。


恐らく、ヴォルホークのせいだろうな……。

あんな魔鳥がいたんじゃ、この辺の小動物は、逃げ出してもおかしくはない。


「なあ、高位魔鳥って、人に懐いたりするのか?」

「高位魔鳥?」


「馬鹿いっちゃいねぇな、旦那ぁ。あいつらは人間なんぞに懐いたりしねぇさ、ハナから眼中にねぇんだ」と、猟師のひとりが、かぶりを振りながら答えた。


「……そうか。やっぱりそうだよなぁ」


ナギはいったい何者なんだろう……。

もしかして、俺は精霊でも見ていたのだろうか?


「何かあったのか?」

「いや……ちょっと面白いものを見つけてな」


ヴォルホークを連れた少女か……。

ふと、彼女の驚いた顔を思い出す。


「なんだよシオン、ニヤニヤして気持ち悪いな……」

「悪い、何でも無い。さぁ、そろそろ引き上げるぞ」


獲物の方はさっぱりだったが、思わぬ収穫があった。

また、縁があれば会うこともあるだろう。


「よし、皆、引き上げだ――」


猟師達に告げたベクターの背を軽く叩き、

「ベクター、遅れるなよ?」と、俺は先陣を切って歩き始める。


「ちょっ、シオン! 先に行くなって……ったく」


後ろからベクターの愚痴が聞こえる。

獣道を進みながら、気付くと俺は鼻歌を歌っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る