蛇守の薬
「恐ろしいかえ?」
目をぱちくりと瞬かせ白蛇と見つめ合う八重に、
「いえ」
白蛇はちろちろと舌を出す。八重はぱちぱちと瞬きしながら、白蛇を見つめこたえる。
「毒があれば恐ろしく思いますが、頭の形がすんなりとしていますし、ええと、里でもよく見かけました。蛇は骨は多いのですが味はよく……あっいえっ! あの決して食べようとは!」
驚いたまま、あまりものを考えず言葉を口に出していた八重は、失言に気付いてうろたえる。白蛇は鎌首をかしげ、つぶらな瞳で八重を見つめていた。
「白蛇は神の御使いと聞いておりますし! 害されると怯えたりはその、全く、ええと」
「アッハァ!」
慌てふためく八重に、
「怖がらせてしまったかと思うたが、巫女殿は存外たくましいの。白露、徳利を持っておいで」
『白露』と呼ばれた白蛇は、器用に徳利に体を巻き付けて、
こん、と音を立てて煙草盆の灰皿に灰を落とし、
「これはまた、一段と善い酒よ。そなたの真心が宿っておるからかのう」
「その、井守さんより
「言うてみよ」
「まだ量が作れぬゆえ加減してお呑みいただくように、と……」
「……難儀なことを言うものよ。これほど美味い酒を、呑み干さずにいられようものか。巫女殿、早う次を持ってくるようにと井守を急かしておいておくれ」
ふふ、と笑いながら、
井守は絶句するだろう。想像するとなんだか可笑しくなって、八重はくすくすと笑い声を漏らす。
「善い酒に、愛らしい御相手。まことに良いの。――そうよの、使いの駄賃をやろう。こちらへおいで」
八重は差し出された紙包みを受け取って、何だろう、と首を傾げた。
「『病気平癒』こそ我が権能。我が作り、白陽様に納めるのは全て『薬』よ。さあ、食うてみよ」
「お薬を、今いただいてよいのですか?」
「構わぬ構わぬ。薬は砂糖、それは砂糖を溶かして煮詰め固めたべっ甲飴。薬と呼んでも薬効があるわけでなく、力の源となる甘い甘い砂糖菓子じゃ」
甘い菓子、と呟きながら、八重は紙包みの口を開いた。中にはころりと丸い、蜜色の固まりがいくつも入っていた。八重はそれを一粒摘み、口の中に入れる。
「まあ……!」
ころころと頬を転がる飴玉は、じんわりと甘く溶ける。八重は目尻を下げて微笑んだ。
「なんともおいしいお薬ですねえ」
「そうであろ」
「蔵にあった砂糖は灰と消えてしまったが、今も童子たちに作らせておる。屋敷の奥で竹糖を育てておっての。帰りに砂糖を持たせるゆえ、井守と家守にやっておくれ」
「ありがとうございます」
美味しいものが増えると、家守はとても喜ぶだろう。『良いもの』とは砂糖のことだったのか、と八重は得心して微笑んだ。
「それにしても」
「人の子のためとはいえ、目覚めたのは男神ばかりではないか。むさ苦しくてかなわぬ」
ああ嫌だ、と手を振りながらそう零し、
「何ぞ困ったことがあれば、ここを訪ねてくると良い。いつでも歓迎しよう」
「はい!」
「うむうむ」
暫く歓談して、ではそろそろ、と
歩き出そうとして、八重はふと玄関を振り返った。
家守はきっと、男所帯では言い出しにくいこともあろうかと、
(皆、なんてお優しい)
八重は口の中でころりと飴を転がし、町を歩き始めた。甘い甘い飴が溶けてゆく。八重は夕暮れに長く伸びる影を連れて、足取り軽く屋敷へと帰っていった。
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