第23話 感情の溢れ
美咲は悠真の優しい視線を感じると、胸の奥に溜まっていた感情が一気に込み上げてきた。ずっと抑え込んでいた不安、嫉妬、そして焦燥感が彼女の中で爆発しそうになっていた。彼女はついに、限界を迎えた。
「……なんで、あんたはいつもそうやって優しいの? 私だって……私だって、もっと話したいのに!」
美咲はついに感情を口に出してしまった。悠真に対して、綾音との時間ばかりが増えていくことに嫉妬していたこと、彼ともっと話したいのにそれができない自分への苛立ち――それらすべてが一気に溢れ出した。彼女の瞳には、抑えきれない涙が浮かんでいた。
悠真は少し驚いた表情を見せながらも、彼女の言葉を真剣に受け止めた。美咲がこんなに感情的になっているのを初めて見た悠真は、彼女が抱えていた葛藤や苦しみがどれほど大きかったのかをようやく理解し始めた。
「だって……! あんた、最近はいつも橘と一緒にいるし、私のことなんてどうでもいいと思ってるんじゃないかって……」
美咲の言葉には、抑えきれない悲しみが込められていた。彼女はずっと、悠真が綾音にばかり気を取られているように感じ、自分が置き去りにされていると思い込んでいた。その孤独感と無力感が、今、彼女を感情的にさせていた。
「そんなことないよ、美咲。俺は……俺だって、もっと橘と話したいと思ってる」
悠真は美咲の言葉に対して真剣に答えた。その言葉に、美咲は一瞬だけ動揺した。彼が本当にそう思っているのかどうか、彼女にはまだ信じ切れなかったが、悠真の優しい瞳に、その言葉の真実味を感じた。
「本当……? 本当に、そう思ってるの?」
美咲は涙を拭いながら、悠真を見つめた。彼の言葉が真実であれば、彼女の心にわずかな希望が灯るかもしれない――そんな思いで彼の返答を待った。
「うん。本当だよ。霧崎だって、俺にとって大切な友達だ」
悠真の言葉を聞いた瞬間、美咲の胸に温かい感情が広がった。彼の中にまだ自分の居場所があることを感じられたからだ。しかし、同時に「友達」という言葉が彼女の心に刺さった。
「友達……」
その言葉を反芻するうちに、彼女の胸にはまた違う感情が湧き上がってきた。彼女が本当に求めているのは、ただの「友達」ではなかった。悠真にとって特別な存在になりたいという願い。それが、美咲の心に大きく広がり始めていた。
その言葉が、美咲の心に何度も響き渡った。悠真の優しい言葉と誠実な視線が、彼女の胸に温かい感情をもたらしたことは確かだったが、「友達」という言葉が、彼女に新たな痛みを与えていた。自分は、悠真にとって特別な存在ではなく、ただの「友達」でしかないのか――その思いが胸を締め付け、再び不安と焦りが押し寄せてきた。
「……友達、ね」
美咲は、自分の感情をどう整理すればいいのか分からなかった。彼の中に自分の居場所があることに安心しながらも、彼にとって「特別な存在」ではないという現実が、彼女の心に重くのしかかっていた。
悠真は、そんな美咲の葛藤に気づかぬまま、優しい言葉を続けた。
「霧崎が気にしてたなんて知らなかったよ。俺にとって、橘も大切だけど、美咲も同じくらい大事だよ。だから、もっと話せばいいじゃないか。無理に我慢する必要なんてないよ」
悠 真の言葉は、間違いなく美咲を気遣っているものだった。しかし、それが逆に美咲の心に鋭く刺さった。自分が「特別」になりたいという気持ちを、悠真はまったく分かっていない。それが美咲には悲しく、同時に悔しかった。
「……そうね、友達。そういう関係だもんね、私たち」
美咲はそう言って、無理に微笑んだが、その笑顔はどこか歪んでいた。彼女の心の中で渦巻く感情が、次第に押さえられなくなり、涙がまた瞳に浮かびそうになっていた。しかし、美咲はその涙を懸命に堪えた。彼に「友達」としてしか見られていない自分が情けなくて、悔しくて、涙を流すことさえ許せなかった。
その時、彼女はついに我慢の限界を超え、これまで抑えてきた感情を口に出してしまった。
「違うのよ! 私が言いたいのは、ただの友達じゃなくて……私、日向君にとって特別な存在になりたいの! どうして分かってくれないのよ!」
美咲は、自分の言葉に驚きながらも、それを止めることができなかった。これまで隠してきた本音が、一気に溢れ出したのだ。彼女の顔は真っ赤になり、目には涙が溜まっていた。ツンデレな態度を保とうとしていた彼女が、ついに感情の鎧を脱ぎ捨て、心の中の本当の気持ちをさらけ出してしまった。
「……私だって、ずっと我慢してたんだから。綾音みたいに素直にできない自分が嫌で……でも、どうしてもできなかったのよ。日向君のこと……ずっと好きだったのに!」
彼女の言葉は、まるで怒りと悲しみが混じり合ったような感情の爆発だった。悠真に対して抱いていた長い間の想いが、今ここで一気に解き放たれた。その瞬間、悠真は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。彼女がこんなにも自分に対して特別な感情を抱いていたことに、ようやく気づいたからだ。
「霧崎……」
悠真は、彼女の瞳に浮かぶ涙を見つめ、彼女がどれだけ苦しんでいたのかを感じ取った。しかし、何を言えばいいのか分からなかった。彼女の気持ちにどう応えるべきか――その答えがすぐには見つからなかった。
「……ごめん、私、変なこと言ったわね」
美咲は、自分の気持ちをすべて吐き出してしまったことで、逆に落ち着きを取り戻し始めていた。彼女は自分が何を言ったのか、そしてそれがどれだけ大胆な告白だったのかを自覚し、次第に顔がさらに赤くなっていった。これまでの自分の態度とはまるで正反対の行動を取ってしまったことに、彼女は少し後悔し始めていた。
その時、悠真はゆっくりと口を開いた。
「いや、霧崎ありがとう。俺、君のことを本当に大切に思ってる。……でも、まだ俺の気持ちも整理がついてないんだ。だから、ちょっとだけ時間をくれないかな」
悠真の言葉には、真剣なトーンが込められていた。彼は美咲の告白を軽く受け流すことなく、その重みをしっかりと受け止めていた。しかし、彼もまた、自分の感情を整理する時間が必要だった。綾音との関係、美咲との関係――そのすべてが急激に動き出していることに、彼自身も戸惑っていたからだ。
美咲は、悠真の言葉に少しだけ驚いたが、彼の誠実さを感じ取って静かに頷いた。
「……分かったわ。私、待ってるから」
彼女の言葉は、今までのツンデレな態度とは違い、素直なものであった。これまでずっと抱えていた不安や焦りが、悠真の誠実な言葉で少しだけ和らいだように感じたのだ。
美咲は、悠真に自分の気持ちを伝えられたことに、どこか安心感を覚えていた。同時に、彼が真剣に答えを出そうとしてくれていることが嬉しかった。
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