鏡の中で蝶は舞うーButterflies Flutter in the Mirrorー

さいび

第1話~鏡華とアリス~

鏡の中の私が夢なのか…

それとも…鏡に映る私が夢なのか…

それは…胡蝶の夢…

◆◆◆◆◆◆◆◆

この世界に朝が訪れる日はくるのだろうか…

不夜城の歌舞伎町でも明けぬ夜はない…

だが私が今いる世界に、夜明けは訪れることはない…

永遠に闇の刻が支配する世界…


私が歩む通りは、左右に多くの飲食店が並び賑やかだ。

街並みは見慣れた新宿歌舞伎町の風景だが、看板の文字は全て鏡文字で少し読み難い。

そして、大きく違うのは通りを行き交う人々の姿だ。

多くは見慣れた<人の姿>だが…半獣人、背に翼を持つ者、昆虫の姿…<異形の姿>をした者も通りを歩んでいる。

だが、行き交う人々は<異形の姿>を気にする様子はない。なぜなら…この世界では普通のことだから…

ふと、ショーウインドウに映る私の姿が目にとまる。

背中半ばまでのストレート黒髪、タイトな黒タンクトップに包まれる豊かなバスト、デザカモ柄のショートパンツからスラリと伸びる生脚、右の太腿にはレッグホルダーに物騒なオートハンドガンが収まっている。

モデル体型で背は平均よりかなり高めだ。

少し目にかかる前髪と、色白の整った顔はすれ違う多くの人が振り向く美貌だ。

だが…この世界では私の美貌は何の価値も無い。姿は心を映すだけの鏡だから…

賑やかだった通りから、私は裏路地に入る。

…この角を右に…違った左だ。

二つの世界を行き来すると、私の方向感覚が混乱をする。何回、何十回…行き来をしても慣れる事のない感覚だ。

すべてが左右逆の世界。なぜなら、この世界は…鏡に映った世界だから…

角を曲がると、雑居ビルの隙間で通りの奥を気にする者などいない場所だ。

私が通りを奥に進むと、ホストのような男が影の薄い少女と向かい合っていた。少女は中学生くらいの見た目で、垢抜けない印象だ。

…見付けた。依頼の情報通りだな。

男は少女に<小さな袋>を手渡そうとしていた。

私は男に気が付かれる前に、レッグフォルスターから愛銃シグザウエルP226E2を抜き放つ。

<パーン>

マグナム弾とは違う、少し乾いた銃声だ。腕を突き抜ける衝撃も、ハンマーで叩かれる感覚のマグナム弾と違い、鋭い衝撃で私の好みだ。

放たれた9mmパラベラム弾は、私の狙い通りに男の額に命中するが…

<カーン>

甲高い音がして、銃弾が跳ね返えされた。

突然の銃撃に男が手の小袋を落とした。

だが、銃弾が額に命中したのに男は平然としている。

襲撃犯の姿を見るべく男が振り向き、私と目が合う。

…くっ…昆虫型か!

私と視線が絡む男の眼は人の物ではなかった。

それは複眼…そう昆虫の眼に変化をしていた。

昆虫型だと硬い殻に守られ、9パラ程度の銃弾は通用しない。

残る手段は接近戦しかない。私は男に向かい駆け出す。

近づく私に、男は少女を跳ね飛ばし逃げる時間を稼ぐ。

跳ね飛ばされた少女を私が受け止めると、突然の出来事に驚いた少女は私の腕の中で泣き始めた。

「全て忘れて…家に…母の元へかえりなさい。今なら、まだ引き返せるから」

腕の中の少女に私は出来るだけ優しく言葉を紡ぐ。

まだ状況がわからず、震え出した少女の額に私は手の平をあてる。

<書き換えられる前の死>と<新宿での出来事を全て忘れる>…二つの暗示を含めた暗示魔法を少女に施した。

少女は<書き換えられる前の死>の暗示に応じたのか、驚愕の表情になりバネのように私の腕から飛び出ると、振り返る事なく裏通りから駅方向に走りだした。

…これで依頼の半分は達成だな。


男と少女の居た場所には<パケ袋(脱法薬物が入った小袋)>が落ちていた。

少女は男から買った、足元にある脱法薬物をオーバードーズをする。

薬物の見せる夢の世界から少女は帰る事なく…享年15歳になるはずだった。

この世界の出来事は過去を書き換え、少女は本来の世界で生きて母の元へ帰る。

さて、少女の過去は書き換えたので、男の始末を完了すれば依頼は完了だ。

足元のパケ袋を踏みすり潰した私は、通りの奥へ歩み出す。

慌てる必要はない。全ては予定通りだから…

路地を奥にすすむと、男の背が私の視界に入る。

男は立ち塞がる女に道を塞がれ、前に進めずにいた。

私と双子の様相と服装の女だが、色白を通り越した透ける様な白い肌、白髪でピンと立ったイヌ獣耳風の髪型が加わっている。

女の右太腿にはハンドガンで無く、ケースに納まった大型のサバイバルナイフが装備されている。

「昆虫型に銃を使うとか無駄弾だったね。鏡華」

半笑いな声で、女が私に話しかけてくる。

「そんなの、撃ってみなきゃわからないでしょ!」

…どうせ…匂いがするとかでしょ!

「プンプンと昆虫臭がしてるけど」

鼻をクンクンと上下させる白髪女だった。

「普通の人には、わからないよ!」

「鏡華が普通の人なのか?」

白髪女の呆れ声が私の耳に響く。

…確かに…私は、普通ではないよな。


前後を塞がれた上に、訳のわからない会話に挟まれ男のイライラも限界に近いのがわかる。

「お前らはなんなんだー!」

男が吠えるのと同時に服と皮膚が飛び散り、体中より異形の姿が現れる

背丈は男の時と変わらないが、姿は大きく変わっている。

身体全体が艶を帯びた緑色の殻に覆われている。

手と脚は竹のように細くなり、人とは明らかに違う形状だ。

両腕の肘から先は長い鎌状になり鋭く輝いている。

背中には一対の細く長い羽が生え、銃弾を弾いた頭は一回り小さくなり、変化した身体に合わせた蟷螂の物になっている。

些細なことで母と喧嘩をして、家出をした少女。

そんな行く先の宛ても無く、噂に聞くトー横に居場所を求めやってきた幼き無知な者達へ、脱法薬物を売り小銭を稼いでいた男だった。

そんな小物の男が心に映していた自分の姿。それが<蟷螂>だった。

随分と自己過大評価に思える姿だが、男は少女達を餌とした捕食者の気分だったのだろうか。

「邪魔する奴は死ね!」

蟷螂の頭になってしまった為なのか、気に障る金属を擦る様な声で男が叫ぶ

正面に対峙する白髪女を目掛け、鎌になった腕を振り上げ走り出す。

白髪女はクラウチングスタートの体勢になると、残像を残す速度で四足歩行体勢のままカマキリ男の横を駆け抜け、私に向かって来る

「うがあ!」

右足の膝から下が斬り飛ばされ、地面に転がる男だった。

白髪女は私の横で立ち上がると、口に咥えていた男の足を斬り割いたサバイバルナイフを、手に持ち替える。

「後は、任せたよ」

白髪女は少し下げ目に履いたショートパンツ上の尾骶骨辺りから生えてる、少し太目で白くモフモフした膝丈尻尾を振り振りしながら、私に呼びかけた。


傷口から青色の血をまき散らし、唸り声を上げて地面を転がる男だった。

「青い血とか…気持ち悪いな」

…まあ昆虫の血は青いから、言っても仕方ないけど。

私は高く跳躍をして、仰向けでノタウチ回る男の腹へ着地する。

…よし!腹は蟷螂と同じで柔らかくてダメージが通るな。

「うごっふ」

口から青い血を噴き出るが、表情の無い蟷螂の頭では効いているのか判別ができない私だ。

「ふざけるなあああ」

…本当に、金属を擦る様な耳障りな声だ。

突如、男の体が持ち上がり、私を跳ね飛ばす。

数メートルは上空に跳ね飛ばされた私が空中から男を見下ろすと、背中にある羽の下から中脚が出て体を撥ね起こしていた。

…そうだ。蟷螂は六脚だった。中脚を羽の下に隠していたとはね。

跳ね飛ばされた状態から蜻蛉を切り、私は体勢を整え白髪女の横に着地をする。

「遊び過ぎだよ」

白髪女の声は笑いを堪えているのがわかる。

「幼き子達を食い物にしてきた罰で、少し痛めつけてから始末と思ったが…」

「ぐぬうわあああ」

男が地に響く唸り声を上げると、斬り割かれた膝の断面から新たな足が生え再生した。

「これは…予想外に面倒な奴だな」

「はい!そろそろ終わらせないと店に遅刻するよ」

白髪女が私に呼びかけると、手にしていたサバイバルナイフを手渡してきた。

「俺様に恐れ慄いて動けまい!」

節操無い状況に呆れてる私達へ、何を勘違いしたか男だった。

男は鎌になった腕を振り回しながら近づいて来る

…時間も無いし、手短に済ますか。

男の振り回す鎌を潜り抜けた私は、男の腹にサバイバルナイフを突き刺し、ナイフを触媒に火炎魔法を発動させた。

「グワアアアアア」

突如、全身が炎に包まれ狂気乱舞する男だった。

私は男の腹に刺さったナイフの柄先を蹴り飛ばした。

既に体の内部から炎に焼き尽くされていた男は、蹴り飛ばされ雑居ビルの壁に激突した衝撃で粉々に飛び散る。

飛び散る炎が消えると、雑居ビルのコンクリート壁に刺さったサバイバルナイフだけが残った。

私はナイフを抜き白髪女に手渡す。

「アリス。ありがとう」

白髪女の名はアリスだ。

「刃に焼きが入って、使い物にならなくなってるよぉ~」

刃を指で撫でながら、ナイフの状態を確認したアリスが嘆く。

…火炎魔法の触媒にしたから…瞬間的でも数千度の高温になったはずだ。アリスの愛刀をダメにしてしまった。ゴメンね…

「次の休みに、新しいの買いに行こうね」

私の提案に、アリスの尻尾が大きく左右に揺れる。

…よかった。これだけ尻尾を盛大に振ってくれるなら…許してくれたみたいだね。

「約束だよ!絶対にだよ!デートだよ!」

「デートでなくて、お散歩といいなさい!」

思わず、一喝してしまう私だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆

私は歌舞伎町二丁目にあるマンションの一室にいる。

二十畳位はある広いリビングだが家具などは無い。

暗く灯りもない部屋にあるのは、全身が映る大型のスタンド型の鏡が二枚だけだ。

私は鏡の位置を調整し、合わせ鏡にする。

そして、鏡の間に私が立つと…合わせ鏡に無限に繰り返した私が映る。

無限に映る私の姿の中から、帰るべき私を探す。

私が<帰るべき私>を見付けたのを察したアリスが、私に抱き着き唇を重ねてくる。

…そうだね。二人揃って<人>の刻が終わるね。

私もアリスを抱き締め、身体を密着させる。

アリスの舌が唇を割り私の咥内に入って来た。私の舌に絡むアリスの舌は、厚さは人の物より薄く、表面はツルツルとしていて、普通の口付けでは味わえない快感を私に与える。

お互いを楽しみ終えると自然と唇が離れる。私はアリスを抱き締めていた右腕を解き、鏡に向かい手を伸ばす。

伸ばした私の手が鏡に触れると、鏡の表面が波立ち、私の手が鏡の中に入って行く。

そして…<帰るべき私>に私の手が触れた瞬間…私の視界は白い輝きに満たされ、視界を奪われた。

◆◆◆◆◆◆◆◆

徐々に輝きが視界から去り、視界を取り戻した私だ。

眼に映るのは、先程と同じリビングで、合わせ鏡の間に私は立っていた。

ただ、先程のリビングと違うのは、窓からは黄昏の夕日が差込み薄く明るいことだ。

そして、ソファー、ダイニングテーブル、テレビ等の生活用品が揃い、生活感がある。

<ペロリ>

ショーパンで生足状態の太腿を舐められる感覚に、私は足元を見る。

私の足元には真白でフワフワの毛を纏ったホワイトシェパードが寄り添っていた。

「どうしたの?アリス」

私の呼びかけに応じるかのように、私の足に身を摺り寄せてくる。

「くぅ~ん。くぅ~ん」

アリスが寂しそうな声で私に甘えて来る。

…そうか。私が出勤時間だから、お留守番が寂しいアピールか。

膝立ちになった私は、アリスの首に腕を回し抱き着き、ピンと立った耳元で囁く。

「愛してるよ…アリス…」

抱き締める腕に感じる、アリスが尻尾をパタパタ振っている感覚。

私の頬を一舐めしたアリスは、私の腕をすり抜けソファーの前に置かれたクッションの上で横になる。

アリスが横になったクッションは、彼女のお気に入りの場所だ。

家ではソファーにいることが多い私に寄り添える場所だから。

◆◆◆◆◆◆◆◆

メイクを直し、黒のオフショルロングドレスに着替えた私が部屋を出ようとすると…

玄関までアリスが見送りに来てくれた。

ドレスに毛が着くので、アリスは少しだけ距離をとってくれている。

私は手をアリスの頭に伸ばし撫でる。

「いってくるね」

私の呼びかけにアリスが応えてくれる。

「クワァ~ン」

近所迷惑にならないように抑えた声だけど、先程と違い明るい感じのアリスの声だった。


歌舞伎町二丁目のマンションを出た私は、花道通りにある大型の雑居ビルに入る。

エレベータで六階に私は向かった。

エレベータの扉が開くと、そこは豪華なエントランスだ。

来店する御客様を待っていた黒服が、私を見付けると近づいて来た。

「胡蝶さん。ママがオーナールームで待っているよ」

…胡蝶…それは今の私の源氏名だ。

黒服がママの伝言を私に伝えてくれた。

「ありがとう」

私は黒服の横をすり抜け、エントランスを超え店内に入る。

既に営業を開始している店内は、明るさを押さえた柔らかな光に包まれていた。

数人掛けのボックス席が、余裕を持った距離で二十セット配置された店内。

この余裕を持った無駄に広い距離は、隣のボックスを気にする事なく御客様が楽しむ為の空間だ。

私はエントランス横にあるバックルームの扉を開け、中に入る。

既に営業中なのでバックルームにキャストの姿はない。

割り当てられた自分の棚にバッグを納めると、バックルーム奥の扉へ向かう。

<コンコン>

私が扉をノックすると、扉の中から声が聞こえる。

「どうぞ」

落ち着いた女性の声が聞こえる。

扉を開けると、扉に向かって置かれた執務机と椅子だけのある小部屋だった。

椅子には黒のミニスカートスーツに身を包んだ、黒髪肩長ボブの少し冷たい印象の美女が座り、私を待っていた。

…見た目は三十半ばだけど…この人も…私と同じで年齢の意味はないから…

私が執務机越に女性の前まで歩みを進めると、女性が話し始めた。

「胡蝶…いや…鏡華。無事に依頼は終わったみたいだな」

執務机の上を見ると、蟷螂に変貌する前の男の写真が添えられた死亡診断書があった。

横目で死亡診断書を流し見すると、半年前の日付でトー横前にて突然倒れ搬送。死因は急性心不全となっていた。

「少女も無事に生き返ったよ」

一枚の写真を女が私に手渡す。

写真は、かなり遠くから望遠レンズで撮られたのがわかる歪が見てとれる。

写真の中では、夜の街で暗示魔法を施した少女が、面影の似た中年の女性に寄り添い笑顔で住宅街を歩いてる。

「報酬を渡す」

女性が私に向け手を伸ばし、ゴルフボールサイズの光る珠を私に渡す。

「今回は半年前の事件だから、一年分の<命>だ」

私が受け取った珠を胸に押し付けると、珠は私の体に吸い込まれた。

…これで、もう少し生きれる。

なんとも表現できない<生きる為の力>が体を巡る感覚。何回、味わっても慣れる事のない不思議な感覚が私を襲う。

珠は<命の結晶>…娘の過去を書き直す為に、母が依頼料として支払ったものだ。

人は魂と肉体で構成されている。肉体が健康でも、魂の持つエネルギ…すなわち<命>が尽きれば人は死す。

逆に<命>が残っていても、病気や事故で肉体を損なえば死が待っている。

例えるなら、魂の持つ命の量は蝋燭の長さ。蝋燭に灯る火は肉体だ。

蝋燭が燃え尽きれば、火も消え死する。蝋燭が残っていても突風で火が消えれば、死を迎える。

過去を書き換える報酬は依頼者の命だ。半年前なら一年分。一年前なら二年分と戻る日付の倍が相場になっている。

なぜ倍なのか…それは過去に戻る為に、戻る日数と同じ<命>を私が必要とするから。

そして、残りは私への報酬だ。依頼の報酬で受け取る<命>で、私は永き刻を舞い続けている…私が何者かを求める旅を続けるために…

「数日中には次の依頼が入るので、よろしく頼む」

女の声を背に部屋を出た私は、棚に収めたバッグからシガーケースを持ち出すとフロアへ向かう。


バックルームからフロアに私が出ると、黒服がすぐにやって来た。

「胡蝶さん。七番テーブルお願いします」

黒服は私に指名が入っているテーブルを伝えると、私をテーブルまで先導する。

「胡蝶さんです」

黒服がテーブルに声を掛け、私を指名した御客様の横に私を誘導する。

テーブルは常連の四人組が囲んでいた。自己紹介の必要はないので、指名を頂いたお客様の横に私は座る。

既に他の三人は指名したキャストが横に着席しており、テーブルの上もグラスのセッティングが完了している。

「おう!胡蝶は何を飲む?」

こうして、今宵も浮世の刻がはじまった…

◆◆◆◆◆◆◆◆

「お疲れ様でした」

照明が全灯した明るい店内では、黒服やバックスタッフが片付けと翌日のセッティングをしている。

私は片付けをしている面々に声を掛けると退店した。

退店した私はエレベータで地下一階に向かう。

店の入っている雑居ビルの地下は飲食街で、十数人程度の小箱の飲食店が数店並んでいる。

私は「T’sキッチン」と看板が掛かっている扉を開き店内に入る。

数人が座れるカウンターと、四人掛けのテーブル席が三席の店内だ。

カウンターでは割烹着を着た男が私を待っていた。

「胡蝶さん。テイクアウト準備出来てるよ」

店主の、たっちゃんだ。

「ありがとう」

カウンターに用意されていた紙袋を、たっちゃんから受け取る。

「今日は、胡蝶さんのはカマスの西京漬けだよ。アリスちゃんのは味付けなしの焼肉ね」

支払いを済ますと、二人の夕食を手にアリスの待つ家に向かう。


<ガチャ>

玄関の扉を開けると、アリスがお座りをして待っていた。

私の帰宅が嬉しくて尻尾を盛大に振ってくれている。

「ただいまアリス」

「くうぅ~ん」

甘えた声でアリスが小さく吠える。

私はリビングに入るとドレスを脱ぎ、黒のタンクトップとカモフラ柄のショートパンツに着替える。

着替え終わるとアリスが飛び付いて来た。

後ろ脚立ちで私の胸に顔を押し付けてる。

…温かくて…フワフワで…最高だよ…アリス。

私がアリスを抱き締めると、

「くうぅ~ん。くうぅ~ん」

甘えた声でアリスが応えてくれた。

「さて、晩御飯にしようね」

私の呼びかけにアリスはダイニングテーブル横に移動してお座りをする。

T’sキッチンで受け取った紙袋からアリス用の弁当箱を取り出し、アリスの前に置く。

私の弁当箱をテーブルに置き、

「いただきます」

「わう!」

アリスも「いただきます」をすると、弁当を食べはじめた。

赤身肉を一口サイズにして味付け無しで焼いただけのアリス専用弁当だ。

…鏡の中なら一緒にレストランでディナーも出来るけど。現世では健康の為に味付け無しでゴメンね。

犬の姿の時は味覚が違うらしく、焼いただけの肉でも美味しいとはアリスから聞いている。

…だけど…美味しい味付けを知っているのに、我慢させているみたいで少しだけ心が苦しい。

私の弁当は西京焼きと、野菜の煮物だった。

…うん。この西京味噌は一品だな。漬け込まれた合わせ味噌は、たっちゃん特製だ。

夕食を終えると、私は風呂に入り一日の汚れを落とした。

髪を乾かし、ナイトガウンを纏った私は、キッチンからウイスキーのボトルとロックグラスを持ちソファーへ座る。

お気に入りのジャックダニエルをストレートでグラスになみなみと注ぐと、一息で飲み干す。

…今日も生き延びれた。私が何者かの答えを見付けるまでは死ねない…

ソファー横のクッションに寝ていたアリスが、ソファーに飛び乗り頭を私の膝に乗せ伏せの体勢になる。

モフモフして最高の撫で心地のアリスだ。しばらく、アリスのモフモフを楽しむ私だった。

…さて、アリスも延命しないとだな。

胸に手を当てると、<命>を少しだけ私の身体から取り出す。

ビー玉サイズの光り輝く珠が私の手の中に現れた。

珠を乗せた手をアリスの前に差し出す。

<パクリ>

アリスが珠を飲み込む。一瞬、アリスの体が薄く光る。

「今日は半年分が報酬だったから三ヶ月だよ」

私は報酬の半分をアリスに与えている。アリスは刻を遡る為に<命>は必要としないが、本来のアリスの寿命は十数年しかない。私の<命>を分け与えることで、アリスは永きパートーナーとして、私の横にいてもらっている。

アリスと出会う前の私は孤独だった…アリスと出会い安らぎを知ってしまった私は…アリスのいない生活なんて考えられなくなっていた。

もう一杯ウイスキーを飲み干した私は、ベッドに向かう。


寝室に入ると、後ろに着いて来たアリスもベッドに飛び乗る。

ベッドに横になりアリスを抱き締め、アリスのモフモフと温もりを楽しみながら、睡魔に意識を預けようとした時だった。

ナイトガウンの前合わせにアリスが頭を入れ…私のバストトップを一舐めする。

…あっ…

快感が私の体を駆け抜けるが…

「コラ!それは鏡の中だけの約束でしょ!」

「くぅ~ん」

なにを言ってるかわかる。「ごめんなさい。我慢出来なかった」と…

「そうだったね。今日はバタバタで依頼しか出来なかったね」

優しくアリスの頭を撫でる。アリスが私の胸に頭を押し付けて応えてくれた。

「明日は休店日だから、鏡の中で過ごそうか」

「クワァ~ン」

アリスの嬉しそうな声が耳に響くと同時に…私の意識が無に堕ちて行く…

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