第4話

 あれから数年経った。今俺は、家の壁を赤のペンキで塗り直していた。ギラギラと照りつける太陽で汗が顔から滴り落ちている。

「ルイよ!そろそろ子供達が来る時間じゃ!キッチンに置いてあるクッキーをカゴに入れておいてくれ!」

「はぁ!?なんで俺が!じじい絶対今暇だろ!」

「ルイよぉ。わしゃぁ足が痛くて動けないんじゃぁ。」

「俺は聞いたぞ!敵に油断させるために足を痛めてるふりをしてるんだろ!」

俺は傷が治った後もこのじじい――ガロンの元に居座っていた。ガロンの元にいると、盗賊をやっていた頃では絶対に経験しないことを色々した。例えばこのペンキ塗りや庭の植物の世話、お金で物を買うことも初めてだった。

正直もう盗賊団のことはどうでも良くなっていた。今の生活のほうが快適で楽しかった。


 日が傾きかけて、やっと壁の塗り直しが終わった。結局ガキどもへのクッキーはガロン自身がカゴに詰めてあげていた。

 家の中に入るとほんのりバターの香りがした。またガロンがアップルパイを作っているのだろう。

「ルイよ!りんごをもう二つ買ってきてくれないかい?折角だからアップルパイの具は多めが良いじゃろ?」

ガロンはボウルに小麦粉を加えながら、お金が置かれたテーブルを顎で指す。もちろん俺は喜んで買いに出かけた。ガロンがアップルパイを作るときは必ず俺がりんごを買いに行っていた。

 いつもの店でいつものようにりんごを買う。気前の良い店員がおまけにキャンディーもくれた。アップルパイが出来上がるのを待ち遠しく思いながら家へと帰るその足は、とても軽やかだった。


 遠くに見える赤い家が段々と近づいてゆく。

 ふと、鉄のような匂いを感じた。気のせいかと思ったが、家に近づくにつれ段々と匂いが強くなっている。一瞬懐かしい匂いもした気がした。

 嫌な予感がする。

俺は駆け足で家の前につき、音を立てて赤いドアを開ける。香ってきたのはアップルパイの香りではなく血生臭い匂いだった。

目の前に人がいる。そしてその奥には、

 血まみれになって倒れたガロンがいた。

俺は目の前の人を押し除け、ガロンの元に行く。ガロンは俺に気がついたのかうっすらと目を開けた。

「ルイよ。」

掠れた声で言う。

「すまんなぁ、今日は、おまえさんの誕生日じゃったよな…?プレゼント、そこに置いておいたから、良かったらあとで開けてくれ…。わしの好きな色なんじゃが、おまえさんも、気に入ってくれたら……」

「馬鹿喋んな!傷口が開くだろ!」

俺が必死に傷口を押さえても溢れ出る血が止まる気配は全くない。……もう手遅れだ。

「ルイよ…。『普通』の暮らしは幸せじゃろ…?おまえさんは、これからも、幸せな暮らしをするんじゃよ……。」

ガロンから長い吐息が漏れ、目の光がみるみるうちに消えていく。

「…おい。おいじじい!じじい!まさか死んだんじゃないよな?」

呼びかけても反応はない。軽く揺らした体も力は入っていない。

「……ガロン!頼むから起きてくれ…!」

もちろん反応はなかった。目線を上げるとテーブルの上に雑に置かれた小包が目に入った。急いで包みに駆け寄り、破り開ける。

中には真っ赤なスカーフが入っていた。

 俺はそのスカーフを首に巻き、敵を睨みつける。

驚いたことに、その敵は見慣れた人――アブソルだった。

「お?もう話は終わったのか?このままずっと無視され続けるのかと思ったよ!」

アブソルはガロンがいつも座っている赤いソファーにだらしなく腰掛けている。

「それにしても、世紀の大盗賊さん。びっくりするぐらい変わったな。お前が誰かの死を悼み泣くなんて考えられなかったよ。」

「そう言うお前も変わったな。お前が躊躇なく人を殺せるなんて信じられない。」

俺がそう言うと、アブソルは不気味な笑みを浮かべる。

「俺は、完全な盗賊になるために情というものを捨てたんだ。ルイ、お前を見習ってな。」

今のアブソルと昔の俺の姿が重なる。

 ああ、あの時セラータを殺されたアブソルはこんな気持ちだったのか。

やっと、やっと気がついた。


今まで俺がやってきた罪ある行為に怒りと悲しみで体が震える。

その感情に身を任せ、アブソルに殴りかかる。左目が熱くなり見えなくなったが気にしない。今相手が振り下ろした短剣を奪い取り、脚でバランスを崩す。倒れ込んだ相手をそのまま身動きが取れないよう、床に押さえつけ喉元に短剣を突きつける。

アブソルはまるで魔法でも見たかのように目を見開いている。その目には恐怖の色も見える気がした。

「アブソル。お前の負けだ。今すぐここから出ていけ。そして二度と俺の前に現れるな。」

俺はそう言うと押さえつけていた手を離し、家の外へと締め出した。アブソルの立ち去る姿も見ずにドアを閉め、その場にもたれかかって座り込む。


血で滲んだ涙が頬を伝って落ちていくのを感じた。

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