第弐章 柴方高校統一編

白根尊との出会い

 その日、柴方高校は揺れた。

 理由は単純明快。

 あの赤城夜宵・・・・・・が自ら番長を降りると宣言したのだ。



 中学時代から喧嘩の強さで有名で、柴方高校に入ってからも無敗を貫いてきた彼女の、突然の宣言。

 それは誰もに衝撃を与えた。



 しかも情報は終わらない。

 夜宵が自分の派閥を解体し、新たな派閥に下るという。

 その名は〝妙義派〟だとか。

 普段であれば夜宵ほどの強者が仕えるのだから、相当な化け物が率いていると考えるのが通常だ。



 しかし、どうにも様子が違った。

 妙義派のトップだと言われる「妙義みょうぎみなと」を観察した結果、強そうに見えない。

 それどころか弱そうではないか。



 夜宵によって抑圧されていた雄達が、この機会チャンスを逃すはずもなく。



 赤城派が解体されてから数週間。

 柴方高校は戦乱期に突入していた。

 世はまさに、大不良時代――!



     ◇



「ちょっち納得いかねェわ」

「どうしたの急に」

「いやさ、もっと私チヤホヤされてもいいんじゃね?」



 窓枠に肘をついて、湊は大きなため息をついた。

 俺は教科書を流し読みしながら尋ねる。



「というと」

「ほら、赤城さんとの喧嘩に勝ったじゃん」

「勝ったのはお前じゃなくて私達だけどな」



 隣の席で羊羹ようかんをかじっている千明ちあきが茶々を入れた。

 


「……まァそれはいいとして、赤城さん達が〝妙義派〟に入ったんだから、必然的に私が柴方高校シバコーの番長になったワケよ」

「なのに敬われている気がしない、と?」

「そーそー! こりゃどーゆーコトかね」



 俺は腕を組む。

 理由は明白だった。



 我慢できずに、という様子で千明が噴き出す。



「そりゃお前、湊が弱っちそうだからだろ」

「ハァ!? つよつよなのだが!?」

「一度でも喧嘩に勝ったことがあるのかよ」

「……あるぜ」

「何だよその間は。じゃあ相手の名前は」

「――榛名千明」

「舐めてるんだなお前。再戦してやるよ」

「ひぇぇぇぇぇ!」



 いつも通りのやり取り。

 安定感すらある。



 俺は苦笑を一つして、顎に手を添えた。

 ――漫画の展開を考えればこれから柴方高校は荒れる。

 


 妙義湊という新しい番長を認めない勢力が、次々に台頭してくるのだ。

 先代である赤城夜宵は関与しない。

 彼女は「締めるのはリーダーの仕事だろーよ」というスタンスである。



 一難去ってまた一難。

 一応自分も〝妙義派〟の一員になったので、先を思えば肩も重くなる。

 しかし、俺は気は重くなかった。むしろ軽いくらいだ。



 そうして今日は特に問題も起こらず、無事に放課後となった。

 適当にすかすかの鞄を提げ帰宅する。



「……ん」



 最近は夏の気配も色濃くなり、時たまに暑い。

 夕方になっても昼の残滓は残っている。

 ワイシャツの袖を捲りあげながら歩いていると、道端に泣いている少女が視界に映った。



 さすがに見逃せるほど薄情でもなく、俺は声をかけることにする。



「大丈夫?」

「……だ、誰ぇ?」

「えっとね、拓馬っていうんだ。怪しい人じゃないよ」

「怪しい人は皆そーゆーってお母さんが言ってた」

「そ、そうかもしれないけど……」



 意外にも冷静な指摘に動揺した。

 けれども少女は何かに気が付いたのか「あ」と息を漏らすと、



「その制服せーふく、おねーちゃんと一緒のだ。女の子のやつとは違うけど」

「お姉ちゃん? 柴方高校に通ってるの?」

「うん! 格好いいんだよ」

「へぇ、いいね」



 世間は狭いものだ。

 偶然によって警戒が薄くなったのか、彼女は柔らかい笑みを浮かべて姉の自慢をし始める。



 しばらく話を聞いた後、俺は泣いていた理由を尋ねた。



「えっとね、お家に帰れなくなっちゃって」

「ここら辺じゃないんだ。どうして遠くまで来たの?」

「小学校から帰る途中におねーちゃんを見つけて、隠れて追いかけようと思ったの。でもそうしたら、見失っちゃって……」



 説明しているうちに恐怖を思い出したのだろう。少女はじわりと瞳を濡らし、数滴の雫が頬を落ちた。



 膝をついて視線を合わせる。

 こうすると安心できるかもしれない。

 自分はあまり詳しいわけではないが、多分。



「俺でよければお家に帰れるように手伝おうか」

「手伝うって……いいの?」

「もちろん」



 少女は屈託なく感謝の言葉を述べてきた。



 










 手をつなぎながら道を歩く。

 もう家を探し始めてから三十分は経っただろうか。

 幼い子供の足で移動したのだから、そこまでの距離は移動しているまい。



 案の定「あ、この道知ってるよ」と腕を引かれた。



「お家に帰れそう?」

「うん! だいじょーぶ!」

「一応心配だから、俺もついていくよ」



 先程まで歩幅が小さかったのに、見覚えがあるとなると極端なまでに大きくなる。その自慢げな背中が微笑ましい。



 少女いわく、あと少しで家に着くというあたりまで来た頃、向こうの曲がり角から白髪の女子高生――柴方高校の制服をまとったのが現れた。



「おねーちゃん!」

「ゆ、ゆう? 大丈夫やった?」

「うん、そこのおにーさんが助けてくれたの」

「おにーさん……?」



 彼女は訝しげに視線をこちらにくれると、まもなく同じ学校であるのを理解したか、静かに目を細める。

 最初から細い双眸だったが。

 糸目というやつだ。



「……うちは白根しらねみことゆーもんです。どうも妹がお世話になったみたいで。どんなにお礼を言えばわかりまへんわ」

「いやいや、俺なんて腕を引かれてたくらいで、ほとんど何もしてないですよ」



 俺が頭を掻くと、白根さんは口元を緩めた。



「やっぱお礼もしたいですし、よろしければ家までどうですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る