柴方高校番長「妙義湊」
――どうして、赤城夜宵は余裕があるのか。
千明はそれを考えていた。
そして、一つの結論を出す。
「あんた、別に余裕があるわけじゃねェんだろ……!?」
大ぶりの攻撃。
存分に加速された拳は、軌道が明白なのにもかかわらず夜宵の腹に突き刺さった。
しかし彼女はそれでもなお突っ込んでくる。
――やっぱりそうだ。
千明は思わず笑みを深くした。
あの振る舞いは演技。
あるいは〝番長〟としてのプライドなのかもしれない。
どちらにせよ、相手にダメージが入っていないわけではないのだ。
かといって、
「ガァ!!」
「勝機があるか、ってゆーと難しートコだよなァ!」
夜宵の拳は重い。
たとえ弱まっていても、なお千明を刈り取る威力を持っている。
千明は全力で飛び退り距離を取った。
彼女は追ってこない。二人の「回復する時間が欲しい」という思いが一致したのだろう。
意識して呼吸を入れ、ある程度は動けるようになった。
こめかみに流れる血が熱い。燃えるように。
鼻血は止まっただろうか。いや、まだだ。口の中に鉄の味がする。あるいは唇が切れているだけの可能性もあった。
取り留めもない思考が頭を覆う。
長い喧嘩の影響がそこにまで出ていた。
「く……ッ!」
もう時間は残っていない。
千明は覚悟を決めた。
歯を食いしばり、一歩踏み出す。
「いいねェ。楽しい」
「私はそんなに楽しくないけど、な!」
鋭い息とともに拳を繰り出した。
容易く回避されるが、端から考慮している。
隙を生じさせない連撃。ひたすらに殴り続けた。
夜宵はニヤニヤと、
「〝楽しくない〟だァ? あんま自分に嘘はつくもんじゃない。だったらお前の
「顔……?」
千明は自身の口元に手を添える。
そして気付いた。
「お前、清々しいまでに笑ってるじゃねェか」
「……アハハハ!!」
「あたしと同じ
「アンタと一緒くたにされるなんて光栄だなッ」
榛名千明は『フィスト』の主人公だ。
秘められた強さと――凶暴性で、数々の敵を打破していく。
いくら隠そうとしても、それは隠せるものではない。
彼女は獣のように駆けた。
「おら……ッ!」
夜宵のパンチが額に命中する。
一瞬くらりと視界が揺らぐ。
真っ白な閃光が脳を駆け抜け、しかし止まらない。
ギラギラと輝く双眸を睨めつけ、千明は歯をむき出しにした。
「ああああああ――ッッ!!」
本来、体格的には彼女のほうが有利である。
赤城夜宵は子供と変わりない姿であり、まともにやりあえば千明の勝利は揺らがない。
ではどうして勝負が拮抗しているかといえば、ひとえに夜宵の身体能力の高さにあった。
額で受け止めた腕を胸の中に抱きとめ、全体重でもって動けなくした。夜宵は意図に気が付いたようだったが、もう遅い。
千明はそのまま巻き付くように彼女を襲い、絞め技をかける。
「ガァ……ッ!?」
「落ちろ!!」
「あんま、舐めるな、よォ……!」
夜宵は必死に抵抗した。
抵抗したが、体格差もあり抜け出せない。
気道が締められたせいで呼吸もままならず、眼球の間近で星が舞い、意識がすぅと薄くなる。
――これは詰んだ。
彼女はそっと自らの負けを認めた。
初めてのことであった。
赤城夜宵は今まで無敗で、並び立つ者などいなかったのだ。
「ち、あき」
「何だっ!?」
「あたしの負けだッ」
「……そうか」
無様に足掻くことなどしない。
夜宵の背中には何人もの
足掻けば足掻くほど、彼女らのそれが損なわれていくのだ。
千明は静かに息を吐くと、拘束を解いて夜宵を抱き上げた。
敗北宣言は実は嘘で、反撃してくる――など考えなかった。
彼女の
「ふぅ……負けたか」
「いや、あんたは強かったよ」
「そりゃそうだ。あたしは負けたことがなかったからな」
「じゃあ何だ、私が初めて土をつけたことになるのか」
「誇っていいぞ」
「床の間に飾りでもするかね。『榛名千明は赤城夜宵に勝利した』って」
「そこまでは許してない」
二人の間には不思議な親密感が漂っていた。
拳を交わしたことにより、言葉よりも濃密なコミュニケーションを取れたのだろう。
慌てて駆け寄ってくる拓馬達を眺めながら、彼女らはずっと笑っていた。
◇
俺が
隣で胸を張っている湊に視線をやって、ため息をつく。
「へいへいどーしたよ拓馬クン!? ちょっちブルーな雰囲気が醸し出されてんぜ!? 私の激アツな胸の中に飛び込んでくるカナ!?」
「うぜぇ……」
調子に乗って顔を寄せてくる彼女を押しのけて、ひたすら嘆息した。すでに何回したかなど数え切れない。
それほどまでに湊は調子に乗っていた。
何とか夜宵達との喧嘩に勝った〝妙義派〟だが、事前の約束通り負けた〝赤城派〟が仲間になるわけで。
……が。
「なぁ千明。やっぱ納得できねェよ。私もお前も頑張ったのに、ただ寝てただけのコイツが番長になるなんて」
「言うな。私もちょっと後悔してるんだよ。赤城さんは立派な人だった。でもコイツは情けねェ駄目人間だ」
教室の後ろにたむろしながら、千明と日向が文句を言っている。
俺もその意見には激しく同意したいところだ。
まぁ漫画の展開通りではあるんだけど。
それもこれも目の前で調子に乗りまくっている湊が悪い。
「いやいや私の時代が来ちまったなァ!?」
「絶対に手ひどい
「いいや来ないね! なんせ私は
さてさて、こんなにフラグを立てていれば問題が起こらないはずがなく。
妙義湊を認めない新勢力が台頭し始めるまで、あと数日。
_____________
第一章完結です。
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