不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた

音塚雪見

プロローグ

不良漫画の世界に転生した

 手遅れなタイミングで転生に気付いた。



 俺は哀れに震える子羊のように、教室の隅で小さくなる。

 


 ここは私立柴方しばかた高校。

 超名門のヤンキー学校だ。

 女子達は誰にはばかることもなく、机の上に足を乗っけたり漫画を読んだりしている。



 そう――女子が。



 柴方高校という名前に見覚えがあった。

 前世の漫画の舞台だった・・・・・・・・・・・のだ。

 しかも血沸き肉踊るタイプの不良漫画。



 喧嘩なんて生まれてこの方したこともない俺には、その事実だけでお腹いっぱいである。

 なのに、運の悪いことに貞操逆転までしているようだ。



 おかげで数少ない男子である自分には、獲物を狙うような視線が向けられていた。

 


「もうやだ退学したい……」



 今生の俺はずいぶんと勉強ができないようで、いわゆる不良であった。進学先が柴方高校なのも当然なのである。



 視界の隅にチラチラと横切る金髪を摘む。

 前世では髪を染めたことなどない。

 


 中身は立派な陰キャなのにもかかわらず、見た目はなるほど不良。

 通っている学校は有名なヤンキー校で、貞操逆転しているせいで男女比はぶっ壊れている。

 さながら肉食動物の群れに放り込まれた草食動物。

 俺の人生は初手からハードモードになってしまったようだ。



 もはや頭を回す余裕もなく、すでに入学式が終了し自己紹介をする流れのなか、ひたすらに机に突っ伏して時間が過ぎるのを待つのであった。



     ◇



 俺――高群たかむれ拓馬たくまは絶賛大ピンチである。

 


 現在地点はコンビニの裏。

 目の前には女子三人組。

 揃いも揃って「不良」感をバチバチに押し出していた。



「よぉ兄ちゃん」

「そのカッコ、柴方高校シバコーの生徒っしょ」

「ちょっと遊ばない?」



「いやぁ……遠慮しときます」



 さすがは不良漫画の世界。

 民度が終わっている。

 あるいは前世に生きていた時代よりも、数十年ほど昔なのが原因なのだろうか。



 息を潜めることで何とか放課後まで乗り切り、帰宅している途中にあったコンビニに寄っただけなのに、今では不良に詰められていた。



 別に何かした訳じゃない。

 ただ俺が「男」であるという理由だけで、こうなってしまっているのだ。



「つれないなァ」

「絶対楽しいって」

「アタシらが天国見させてやるよ」



 誘い方下手すぎだろ。

 いや、あるいは、下手でもいいのか。



 彼女らは皆一様に下卑た笑みを浮かべている。

 まるで俺が抵抗しようが、どうにでもなると言うように。

 


 考えてみれば実際そうである。



 こちらは喧嘩などしたことがないし、いくら男女の筋力差があったとしても――もしかすると貞操逆転の影響で負けているかもしれない――三人がかりでは勝てない。



 つまり敗北必死の状況なのだ。

 初日からこれってハードモード過ぎるだろ。



「いや、ほんと、ダイジョブなんで」



 俺はさり気なく一歩後ずさる。

 が、彼女らはニヤニヤと距離を詰めてきた。

 背中が壁に当たる。逃げ場がなくなった。



「嫌よ嫌よも好きのうち、か……」

「困っちまうねぇ色女ってのも」

「いいトコ連れってってやんよ」



 三人の手が伸びてくる。

 思わず目を瞑ってしまったところで、しかし掴まれる感覚がないのに疑問を抱いた。



「……?」



 まぶたを開く。



「あ、ダイジョブそ?」

「……ありがとう、ございます?」



 そこには一人の女子が立っていた。

 軽い茶髪が風になびく。

 どこかで見たことがあるような。



「――あ、クラスの」

「そ。妙義みょうぎみなと。よーしく」



 道理で覚えがあるわけだ。

 彼女は同じクラスの妙義湊だった。

 自己紹介を完全スルーしていたせいで、印象が薄いけれど。



 ……妙義、湊?



 脳裏に何かがよぎった。

 魚の骨が喉に引っ掛かっているかのような、強烈な違和感。

 


「邪魔すんなよ」

「アタシらはこれからお楽しみの時間なんだからサ」

「そーそー。正義漢チャンは引っ込んでろっての」



 邪魔をされた三人は目標を変えて、妙義さんを囲んでいく。

 それでも彼女は飄々ひょうひょうとした表情を崩さない。

 さらに違和感が強くなる。



 いかにも自信あり気な態度で、さぞかし喧嘩が強いのであろう振る舞い。

 柴方高校の生徒であり、名前が妙義湊――あ。



「思い出した……」



 それは、前世の不良漫画――『フィスト』の登場人物の名前だった。



 秘めた強さを武器に、格上狩りジャイアントキリングを繰り広げていく主人公……ではなく。



 そんな主人公の横で、金魚のフンのごとく付き従うキャラの名前である。



「なんだコイツ弱っちいゾ!?」

「全然強くねェじゃん!!」

「ちったぁ抵抗してみろや!!」



「ひぇーすみませぇんっ!?」



 妙義さん……湊は情けなく背中を丸めながら、三人の蹴りを甘んじて受けていた。



 俺は半眼を向ける。

 あんなに格好良く登場したのに。

 いや助けに来てくれただけ感謝か。



「誰かー! 喧嘩でーす!」

「はっ!? ちょ、おい、行くぞ!」

「クソがッ!!」

「覚えてろよ!!」



 とりあえず周りに存在を伝えようと大声を発したら、三人は焦りながら走り去っていった。見事な引き際である。



 いまだに地面に這いつくばっている湊に、俺は膝を折って声をかけた。



「……えーと、ダイジョブそ?」

「………………」



 ぱんぱんぱん。

 彼女は無言で立ち上がって汚れを払う。



「……いやぁ! 私の迫力にビビっちゃって、奴らソッコー逃げてったネ!!」

「違うんじゃないかな」

「いやいや私のおかげだって! 拓馬クンにはわからないかもだけど!」

「あ、名前知ってるんだ」



 まぁ一応自己紹介はしたからな。

 他人のは聞いていないし、自分のも適当だったけど。



 大声を出すなんて単純な方法で窮地を脱すことができたのは、湊の助けのおかげだ。

 ダサい姿を見て冷静になれた。



 ……ところで、『フィスト』の妙義湊は三枚目お調子者のキャラである。

 別名風見鶏。

 長いものには巻かれろの精神で、強いやつに従う性質を持つ。



 しかしときどき、どうしようもなく追い詰められたタイミングで、「漢」を魅せることがあって。

 それで結構人気があったのだ。



「なんで拓馬クンは絡まれてたワケ?」

「いや……コンビニから出たらなぜか」

「あーね。理解したわ」

「早ぁ。自分ですら理解していないのに」



 湊は指を一つ鳴らす。



「拓馬クン軽そうだもん」

「軽い? 俺が?」

「そーそー。柴方高校シバコーの制服着てるし、金髪だし。いかにも不良な尻軽男って感じ。あっ、別にディスってないよ?」



 彼女は胸の前で腕を振った。



「マジか……ショック」

「全然ポイント高いって! 好印象タイプだから!」

「ヤンキー的に?」

「ヤンキー的に!」



 まったく嬉しくない。



 俺は思い切り肩を竦めてため息をつくと、いつまでもコンビニの裏にいるのも迷惑なので、表の通りに出る。



「またあんなの・・・・に絡まれたらサ、私に助けを求めてね」



 なぜか付いてきた湊は、キメ顔でそう言った。



「助けてくれるの?」

「助けてあげる」

「ありがとう」



 彼女が『フィスト』の妙義湊と同じ性格なのであれば――先程の発言の意味も推測できる。

 若干苦笑しながら、俺は感謝の言葉を伝えた。



「じゃーねー!」

「じゃあね」



 だんだんと小さくなっていく背中を眺める。

 いよいよ見えなくなるといった瞬間、湊はガッツポーズをした。



「あぁ、やっぱり……」



 妙義湊は三枚目のキャラである。

 言い換えると、異性に目がない。

 彼女がさっきのような提案をしてきたのは、俺と付き合うのが目的だったのだろう。



 ――さて、そんなことは置いておいて。



 転生を自覚した初日から事件に巻き込まれてしまったわけだが。

 俺の明日は一体どっちだ?

 暗い未来しか見えないのは勘違いだと思いたい。

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