第6話


 春も終盤に近づき、気のせいか、夏の香りさえ感じるようになってきた。今日も今日とて、屋上へ続く階段は私たちの秘密基地となっている。



「よう」


「ん、やっほー」



 気づけば、昼休みにはこの階段で颯と昼食を取るのが日課になっていた。人が1人増えただけなのに、その時間が今までとは違うものに思えた。私と颯は、たとえ教室では言葉を交わさずとも、この二人きりの空間になればお互いになんでも話すことができる。



「今日の授業めっちゃ眠かった」



 目を擦りながら颯が呟く。眠気覚ましか、傍には缶コーヒーがあった。



「あはは、颯ずっと寝てたもんね」


「見てたのかよ」


「ちょっとだけ。あと、先生に怒られてたし」


「あー、あれは良くなかったな。今度からはバレないようにしないと」


「て言うか、そもそも寝ないの」


「まぁな」



 気をつけるか、とコーヒーをいっきに喉に流し込む姿に、私はまた笑った。



 こうして、ただ他愛のない会話で笑い合う。一般人からしてみれば、それは日常のごく一部、当たり前のことなんだろうけど、私にはその時間が、1日の中で一番幸せな時間だった。



「てかさ、最近暑くね?」


「言われてみればそうだね。まだ梅雨も明けてないのに、夏みたいな気温だよね」


「だよな。去年はもっと涼しかったのに」


「今日なんて最高気温27度だよ」


「これこそ地球温暖化のせいか?」


「ふふっ、確かにね。もうその言葉に聞き飽きてきたけど、改めて実感するよね、こんなことが起きると」

 


 梅雨明けは何処に行ったのやら、と思わせるほどの熱気と晴天。私が幼い頃は、もっとちゃんと四季があったはずなのに。



「世界って、ほんの僅かな間で変わっちゃうんだね」


「そうだな」



 2人の間に、しんみりとした雰囲気が流れる。



(こんな風に、私に対しても世界の態度が変わればいいのに)



 もちろん、良い方向に。

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