第4話

お昼はまた、階段の途中に座っていた。いつもと変わり映えしない光景、変わり映えしない暗さ、変わり映えしない匂い。



 パクリ、と昼食のおかずを口に運ぶ。味も、舌に慣れ親しんだもの。



(颯、やっぱ孤立してたな……)



 授業や休み時間の記憶が蘇り、そんなことを思う。やはり今朝の態度が良くなかったのだろう。クラスメートの興味はとうに失せ、それどころかクラス内で浮いた存在となっていた。



 

(そりゃ、あんな無表情で会話してもなんの面白みもないよね)



 他人事だが、颯は無愛想が過ぎるのではないか。仮に他人とのコミュニケーションが苦手でも、流石に冷たい態度を取るのは無いだろう。



「あれは、やっぱやり過ぎだよ」


「何がやり過ぎだって?」


「……っ!?」



 危うく弁当箱を落としそうになった。斜めになって今にも具材が溢れそうなところを、慌てて右手で抑える。まさか、独り言に返事が来るなんて一切予想していなかったから。それも、たった今、頭に浮かべていた人物の。



 バッと顔を上げると、階段下で不思議そうに私を見つめる颯がいた。



「いつからいたの!?」


「いつからって……たった今来たばかりだけど」



 表情一つ変えないまま、颯は淡々と答えた。なんの音も聞こえず、本当に来たのが分からなかった。私はキッと彼を睨む。



「声ぐらい掛けてよ!」


「だから掛けたじゃん」


「そうじゃなくて!」


「どうせ何言っても驚くだろ?」


「うっ、それは……」



 そうかもしれない、と思ってしまい、言い返せなくなる。図星で黙り込んだ私に、颯は「それで」と切り出した。



「あんた、なんでここにいんの?」


「別に何でも良いでしょ。てか、『あんた』って呼ばないでくれる?」


「じゃあ何。名前?苗字?」


「それは……別にどうでも」


「だったらあんたで良いじゃん」


「あーもう!!紗夜!山本紗夜!」


「山本紗夜、か。じゃあ紗夜って呼ぶ。良い?」


「好きにすれば」


「じゃあ、紗夜」



 颯は何の躊躇いもなく名前呼びした。初対面でも慣れているのかもしれない。モテ男は良いな。

 


「なんでこんな所で飯食ってんの?」


「あんたに関係なくない?て言うか、どうして私がここにいるって分かったの?」


「俺も『あんた』じゃなくて颯って名前があるんだけど」


「はいはい、颯」


「紗夜の後を着いてっ行ったらここだった。それだけ」


「はっ!?何それストーカー?」



 とんでもない返答に驚くが、よくよく考えれば、そうでもしなければ私の居場所はバレないだろう。



(つまり、教室を急足で出て行くところから見られていたと言うわけか)



 最早恐ろしいほどの執着心だ。



「それで、そこまでしてなんでここに来たの?」


「紗夜と話がしたかったから」


「はぁ?」



 会って間もない、そもそも会話すら交わしたことのない人間に、話とは何だろう。訝しげに颯を見つめる中、彼は何食わぬ顔で私の隣に座る。



「お前さ、俺のこと見て何とも思わなかったの?」


「特に何も。そもそも何を思うの?」


「これだよ」



 そう言って颯は自身の頭髪を指差した。なるほど、とその瞬間に納得する。これはあくまで私の考えだが、珍しい髪色に私が興味を示さなかったことについて尋ねたいのだろう。



 大方、予想は合っていた。



「紗夜はさ、俺を見ても何の興味も持たなかっただろ?」


「なんでそう思うの?」


「他のクラスメートみたいに、すぐに話しかけることもなかったし、かと言って俺のことは多分よく見ただろうから、視界に入らなかったこともない。もちろん怖がったように見えなかった。だから、お前の中で俺は、ただの転校生って認識だった。そうじゃないか?」


「……」



 凄い洞察力だ、と誉めずにはいられなかった。



「そうだね。でも、全く興味が無かったわけじゃないよ」


「……?」



 どういうことか、と言いたげな表情で見つめてくる颯に、私は本心を吐露した。



「もちろん、颯の髪色に興味はさほど湧かなかった。私が気になったのは、君のその態度」


「態度?」


「そう」



 収まってきていたはずの怒りが、胸の奥でまた沸々と沸き始めようとしていたことに気づき、お茶を一口飲んで息を吐く。時間にして僅か数秒。落ち着いた私は口を開いた。



「折角クラスメートのみんなが君に興味を持ってくれたのに、あの態度は冷たすぎるんじゃない?」


「俺じゃなくて、この髪に興味持っただけだろ」


「あの一瞬はそうだとしても、仲を深めていくうちに友達になれたかもしれないじゃん」


「別にそういうの要らないし。てか、髪色が珍しいだけで近寄ってくる奴とか、マジで嫌いだから」



 本心から言った顔だった。怖いほどの剣幕に、「ふーん」と相槌を打つしかなくなる。



「紗夜は欲しいの?ちょっと珍しいものを持ってるだけで近寄ってくる友達が」


「うーん……」



 颯の言葉選びの悪さもあると思うが、そんなことを言われてしまうと、欲しいと思う気持ちとは裏腹に、そんな友達はいらないと思う自分が出てくる。



「そう言われれば……別に要らない、かな……」


「だろ?」



 颯のドヤ顔も、不思議と納得する。似たような状況なのに、人が集まる颯と、人が避ける私。それを比べて、今朝はあんなことを思ったが、冷静さを欠いていたかもしれない。本当に欲しいのは、ありのままの私を受け入れてくれる人だから。



「そんなに友達が欲しいの?」


「それは、まぁ……そうだね」



 正確に言うと、私の理解者かもしれないけれど。きっとそんな人は、そうそうに現れないんだろうな。そんな、悲しい現実を想像していた私に、颯は言った。



「じゃあ俺と友達になってよ」


「えっ。だって、友達は要らないんじゃ……?」


「見た目の珍しさで寄ってくる友達が要らないって言っただけ。むしろ、俺は紗夜のこと、もっと知りたいし」



 曇り無き瞳に見つめられ、少しだけ胸が高鳴ったのは事実だ。



「うん、まぁ、私も颯とだった仲良くなれそうな気はするし」


「じゃあ決まりだ」



 颯はニコッと、少しだけ口元を緩めて、柔らかな笑顔で手を差し出した。



「これからよろしく、紗夜さん」



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