第5話 知った幸せ、失った現実

 私はミレイさんを背負い、13番目の街を去る。ここにはもう十分な食料と、その他の医療用品などは無かった。いくつかの水ボトルを持ち私たちは新たな場所を求めて旅立った。ミレイさんはすっかり痩せ細っていたので私でも背負えるくらいになっていた。

 ひたすら歩き続けるが、そこはただただ荒廃した世界が広がるだけで、新たな街に着く事などなかった。そして、気がつけば寒冷地帯におり、私たちの体力をひたすらうばっていった。雪が一面降り積もっている。気象までおかしくなってしまっている。

 夜に近くなり、このまま何もしないでいると凍死する為、雪宿を作り、寒さに耐える事にした。

 そして、簡易的な雪宿が完成し、私とミレイさんは身をくっつけあい、寒さを凌ぐ。ミレイさんは小刻みに震えてただひたすらに謝っていた。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと。ただひたすらに。私はミレイさんがそう言うたびに体に身を寄せ、体温を分け与えていた。そろそろ限界が近い事は私も知っていた。

「ミレイさん......」

「リボン......ちゃん.....」

 小さな声でミレイさんは私の名を呼ぶ。私はもうそれだけで満足であった。

「あのね、伝えたい事があるの」

「なに?」

 ミレイさんは暫く沈黙したのちに語り出した。

「私は、貴方のかつての姉なの。」

「!?」

 私はびっくりして思わず、口を開けていた。

「それ本当?」

「うん、私が貴方の姉よ」

 ミレイさんはそう笑顔で呟く。私は不思議と目から涙がこぼれ落ちていた。

 そして、その言葉から私は今までの全てを思い出した。温かみの正体、家族、姉......そうだ。私には大切な姉がいた。我が家には母と姉と私の三人で細々と暮らしていたんだ。貧しいながらもみんな笑顔で、とても温かくて、私はその空間が幸せだったんだ。


ーーー幸せ。

 

 でも、全てが崩れ去った。私の元から離れていったのだ。戦争が起こった。国同士のどうしようも無い愚行だ。一般人の私達にも攻撃を仕掛けていたのだ。そして、私達の街も例外ではなかった。家が攻撃されたのだ。

 母は私たちを庇い、建物の下敷きになって死んだ。そして、生き残った私たち姉妹も、途中ではぐれ、その道中のショックにより全てを忘れてしまっていた。

 私が忘れていた記憶は、私が発狂するのを危惧した脳の作用であろうか?それとも、現実から目を逸らして夢ばかり見ていたからか?

 私には分からない。でも、なんだろう。悲しい。

「なんで、何でこんなにも残酷なの?」

 私は泣きながら姉に問いかける。

「ごめんね。私もわからないよ。」

「ねぇ、私が死んだらさ、雪にでも埋めておいて。雪解けと共にどこかに流されていくから。」

 私は奥歯を噛み締める。震える手と足は現実から背けている。でも、私は背けてはならない。

「......お姉ちゃんは幸せだった?」

「えぇ、当たり前よ。最期に出会えたのが貴方で良かったと何度も思うわ。私は、貴方のような立派な妹を持って誇らしく思う.......大切でかけがえのない存在。私の温かみ。私の幸せ。そして、私の愛。それが貴方だった......」

 姉はそう言うと目を見開いたまま動かなくなった。目の瞳孔は完全に開き、一人の人間の終わりを告げる。

 私は感情を爆発させ大声でただ一人涙していた。

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