悪役令嬢の運命を決めるコイントス、裏が出たら無罪でしたがコインには両面とも表しかありませんでした
銀野きりん
第1話
今日、四月二日は、私にとって特別な日だった。
病室の窓から外を眺めると、桜の花びらが散っていた。
もう来年は、桜を見ることができないかもしれない。
点滴を受けながらベッドで横たわる私は、静かに目を閉じた。
すーと意識が遠のいていくのがわかった。
病室に備えられている医療機器の電子音が響き始めた。
※ ※ ※
目が覚めた時、私は文字通り別世界にいた。
ここがどこだか全くわからなかった。
私の目の前には、整った顔をした若い男が立っている。
派手なロングコートを羽織っており、胸には立派な勲章が輝いている。
どういう訳か、私は西洋風の大広間におり、周囲にはドレスアップした人々がたくさんいた。
「ロゼーリア公爵令嬢であるエルフィーナに告ぐ。今この時をもって、お前との婚約を破棄する。そしてお前を牢獄二十年の刑に処する」
目の前の勲章を付けた男が、険しい顔をしながら私にそう宣告した。
このセリフ、聞いたことがある。
確か……。
そう、これは、入院生活で唯一の楽しみだった乙女ゲーム『恋愛はコインで決まる』の一場面そのままだ。
悪役令嬢のエルフィーナは、聖なる力を持たないにもかかわらず聖女のふりをしている偽聖女である。
それだけではない。主人公の聖女イリスをいじめ抜き、最後はイリスを呪い殺そうとまでするのだ。
けれどエルフィーナの悪事は暴かれ、ついには婚約破棄を宣告され、投獄されるというストーリーだ。
その乙女ゲームが、なぜか目の前で繰り広げられている。
婚約破棄を宣告してきた目の前にいる派手な男は、ラファエル第三王子……。
そして私は、悪の限りを尽くしてきた悪役令嬢のエルフィーナ。
間違いない。私はゲームの世界に転生してしまったのだ。
そう理解した時、頭の中に今まで生きてきた私とは別人の記憶が流れ込んできた。
公爵令嬢としての暮らし、魔法学校での学園生活、ラファエル第三王子との婚約……。
この記憶は、悪役令嬢エルフィーナのものに違いなかった。
それにしても、エルフィーナがこうして断罪されているということは……。
すでに物語は佳境で、あとは主人公の聖女イリスとラファエル第三王子が結ばれ、ハッピーエンドで終わるだけだ。
「さあ、エルフィーナはもう私の婚約者ではない。今すぐこの女を捕らえ、牢屋に放り込んでおけ」
転生してすぐに牢屋暮らしとは。私は自分の運命を呪ったが、ちょっとした満足感もあった。
なぜかと言えば、今の私は、健康な体を手に入れていたからだ。
これまで病院で暮らす私には、外出さえも許されていなかった。そもそも私には歩く体力さえなかったのだ。
それに比べ今の私は、罪人かもしれないがしっかりと自分の足で立ち、歩き回ることができる。
せめて一日でもいいので、この元気な身体で外出し、自由に歩き回ってみたい。
私は思い切って聞いてみた。
「ラファエル王子、牢屋に入る前に、一日だけでも自由な時間をいただけませんか?」
「どういうことだ」
「最後に、お世話になった家族に挨拶をしたいのです」
「挨拶なら二時間もあれば充分だろう」
「牢屋に入る前に外の世界を少しでも歩きたいのです。どうか一日だけでもお時間をください」
「さて、どうしたものか。イリスはどう思う?」
ラファエル王子の視線の先に、聖女イリスの姿があった。イリスは物語の主人公で、美しく可憐な女性だった。
「ラファエル王子、エルフィーナは私の大切な友人です。一日と言わず、ずっと自由にいてほしいと思っています。なんとか彼女の罪を許してあげられないでしょうか」
「イリス、君はなんて優しい娘なんだ。ただエルフィーナは、堕天使を利用し聖女である君を殺そうとした恐ろしい女だ。許すわけにはいかないんだよ」
「そうですか……」
聖女イリスは何かを考えているのかしばらく目をつぶっていた。そして目を開くとこんなことを言い出した。
「でしたら、エルフィーナを許すかどうか、神の判断を仰いでみたいのですが、駄目でしょうか?」
「神の判断?」
「はい。私は何とかして彼女を助けたいと思っています。このコインでエルフィーナの運命を決めるというのは駄目でしょうか。コイントスをして表が出たら彼女は牢獄行き、裏が出たら特別に無罪放免というのはいかがでしょう?」
聖女イリスは手のひらに一枚のコインを乗せていた。
「なかなか面白い。この悪女の運命をコインで決めるというのだな」
「はい」
「よかろう。イリスがそれでも良いと言うのなら、やってみるがよい」
「ありがとうございます」
イリスはラファエル王子にお辞儀をし私に顔を向けた。
「エルフィーナ、私はあなたをどうしても助けたいの。必ずコインの裏を出して、あなたを自由の身にしてみせるわね」
乙女ゲームの通り、聖女イリスは優しい性格の娘だ。罪を犯した私をなんとか助けたいと願ってくれているなんて。
ゲームにこんなコインのシーンはなかったと思ったが、今はイリスの賭けに乗るしかない。
「では始めます」
イリスはコインを親指で跳ね上げた。
ラファエル王子はもとより、会場中の貴族たちが注目している中、コインはくるくる回りながら床に落ちた。
王子は口元を緩めた。
「ふん、神は正しい判断を下したな」
私は何度も床に落ちたコインを見直したが、いくら見ても変わらない。
コインは無情にも表を向いていた。
「これでお前の牢獄行きは正式に決定だ。けれど私も鬼ではない。二時間だ。二時間の自由を与えてやる。その間に最後の挨拶をすませてこい」
「……」
「いいか、夕方までにはこの宮殿へ戻ってくるんだぞ。逃げようとしても無駄だからな。もし逃げようとしたときは、お前だけではなくお前の家族も罪を問われることになるぞ」
「……わかりました。必ず夕方までには戻ります」
私は、コインの結果を悔やみながらなんとかそう答えると、急いで王宮を後にしたのだった。
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