習作SS

坂本尊花

桜の木の下には死体が埋まっているらしい。

 いつからか私の学校では、西門の桜の木の下に死体が埋まっているという根も葉もなさげな噂が漂っていた。しかも古くから語られる話ではなく、私の世代でのみ語られる話だ。ここ最近に行方不明者は無く、不審死や墓暴きも起きていない、調べてみれば直ぐに襤褸の出る話だった。

 だが、こういう中身の無い怪談というのも悪くはない。抜けた点があるほど奇妙になり、噂は噂を重ねて新しい設定が付け足される。そういった過程を追ったり何個もある真実を審議するのは、この年の子供には数少ない娯楽である。


 「だけど、そもそもあの桜の下って春頃にタイムカプセル埋めなかったっけ?その時は死体なんて無かったけど?」


 クラスのAさんがそう言った。

 確かにこのクラスでは春に自分にとっての宝物を持ち寄ってタイムカプセルを埋めた。根の太い桜の木の下に死体を埋めるとして、それはタイムカプセルよりも少し下くらいだろう。だけど遊びを終わらせたくない人たちは、苦しながらに反論する。


 「桜の裏に埋まってるんだよ。俺たちが掘ったのは、桜の表だろ?」


 「そっかー、私たちが掘ったのは逆側だったんだ!それなら納得だね!」


 残念ながら桜の裏にも死体は埋まっていない。

 桜の裏には制水弁があった。すぐ近くのプールに水を送っているものだろう。そこを人が入れる大きさに掘り抜くのは難しい。

 それに、わざわざ桜の木の下に死体を埋めるのならば相応に思い出のある人なわけで、そんな大切な死体を表ではなく裏に埋めるのは不自然である。もちろん口に出しては言わないが、やはり桜の木の下には死体など埋まっていないのだ。


 「けど、どうして桜の木なんだろう?」


 Aさんの問いかけに、周りの生徒たちが固まった。


 「桜の木の下に死体があったとして、それがここまで広がるのって不思議じゃない?呪いのピアノとかトイレの花子さんとか十三階段とか、そういう怪談ってもっと身近なところにあって、だから不思議と噂しちゃう。だけど桜の木の下の死体の話なんて、そこの前を通りかかって思い出した時にふとするような話でしょ?それがなんで、こんなに噂されるようになったの?」


 Aさんの話には、何か背筋が凍るような冷たさを感じた。当人はただ疑問をぶつけただけのようだが、聞き手を巻き込む話の運びは怪談として的確だった。思わず息を呑んだ、その瞬間にいつも物静かなCさんが答えた。


 「本当に死体があるからだよ」


 なんとも単純明快な回答だろうか。

 だがいつも話さない日陰少女の発言に、クラスの空気は一気に引っ張られる。Cさんは微笑みながら、もう一度。


 「本当に死体があるんだよ」


 と、言った。


 「待って!あそこは一度掘り起こしたんだよ?それで死体が出なかったのに、どうして言い切れるの?」


 クラスの期待の視線がCさんに注がれる。きっと考えもしない理由が出てくる、不思議で恐ろしいお話を今から聞ける、そう思って待つ沈黙の先に齎された答えは。


 「本当に死体があるんだよ」


 クラスの期待を大きく裏切った。


 「なんだよそれ理由になってねえー」


 「期待して損した、もう行こうぜ皆」


 「思い付かないなら話そうとするなよ」


 完全にCさんは嫌われた。期待させるだけさせて何もありませんでは、彼らは詐欺に合ったと思うだろう。ただの噂話だとしても、語り部ならば最後まで語らなければ、語るに落ちることすらままならない。とはいえCさんは勇気を出して、クラスメイトと交流を測ろうと……


 泣いてしまってはいないかと確認したCさんの顔は、今までの彼女が嘘のようにうららかに微笑んでいた。産まれて初めて、本気で背筋が凍りつきそうになる。


 Cさんはどうして微笑んでいるのだろう。

 私は立ち上がると、教室の扉を開けて園芸倉庫を目指す。尻目に、Cさんがニコッと微笑むのが見えた。私は今、知りたくてたまらないのだ。


 桜の木の下の真実を、暴かざる終えないのだ。


 園芸シャベルで一心に桜の木の下を掘っていると、カツンという音が聞こえた。それは骨の音ではなく春頃に埋めたタイムカプセルの音だ。アルミ製の容器を開くと、中には玩具やら手紙やら、あとカビの生えた安物のチーズやら色々入っていた。一つ一つ物色していると、異様に綺麗な布で包まれた小箱を見つける。恐らく白無垢の生地を切り取ったものだ。

 そこに噂の真相があると確信し、蓋を開ける。


 中にあったのは黒黒とした乾いた何かで、小動物のミイラのようにも見える。骨の形は不完全だが、尻尾はなく両手両足二本ずつ、手先には指が5本。……これは本物の、死体だ。


 真相が分かると、急に心臓が脈拍を早めた。

 冷や汗が首を伝い、桜の影に落ちて消える。

 とんでもない秘蜜を暴いてしまったのだと、この時に気がついた。

 この人はCさんの子供なのだろうか。だけどそんな話は聞いてなかったし、正規に産んだのだとしたら退学は免れない。最悪の想定だが、Cさんは子供を自らの手で堕ろしたのかもしれない。そして子宝を、自分にとっての宝としてタイムカプセルに入れた。それで終わり、ではない。


 「こんにちは、どう私の子は?可愛い?」


 肩に白い手が置かれている。顔を上げるとそこには、やはりCさんがいた。


 「やっぱりそうでしたか。この件は少年法が適応されなくなる年になってから警察に報告させてもらいます」


 「子供の時の罪って、大人になって裁かれるの?」


 「分かりません。法律には詳しくないので」


 子供を箱に戻すと、尻の土を払って立ち上がる。目の前の少女は罪を暴かれたというのに朗らかだ、というより宝物を隠す子供がそれを見つけてもらった時の顔をしている。最悪なほどに、無邪気で餓鬼だ。


 「Cさん、子供を隠す気ないでしょ。多分だけどお父さんは、クラスの誰かだ」


 「えっ、すごいすごーい!なんでわかるの!」


 「こんな目立つところに埋めて、尚且つ噂まで流されちゃ見つけて頂戴とアピールしているようなもんだよ。それで、見つけてほしいってことは分かったけどなんでタイムカプセルなんだろって考えたら、大衆の面前で見せつけたい人がいるんだと思った」


 Cさんは驚いた顔をした後で、笑顔で「正解!」と親指を立てた。その指を圧し折ってやりたい。


 「それじゃあ、もう行くよ」


 「えっ、ちょっと待って!もうちょっとお話しようよー!」


 「真相が分かったんだ。もうこの噂に興味は無い」


 陽が肌を射す夏の日差しの中、小さく見える昇降口まで歩いていく。遠くに見える不安定な陽炎と、遥か上空に見える澄んだ青空の対比が、また新しい噂を予感させる。

 後ろを向くと、手の平に収まる小さな箱を両手で抱えるCさんがいた。正面の校舎の時計は、昼休みの終了1分前を指している。


 「こういう話は、抜けてる点を埋めてる時が楽しいんだよ」

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習作SS 坂本尊花 @mikoto5656

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