第五章 姉を訪ねてダンジョンに
第21話
ハッチマーンからの出立は、何とも慌ただしかった。ゴーレムを倒した賞金でもって、先日と同じ高級宿に泊っていたところ、明け方に官憲に踏み込まれたのだ。どうやら、宿の人間から通報されたらしい。おそらく、馬車強奪犯の手配書なり何なりが、既に回っていたのだろう。
たまたまトイレに起きたティルザが異変を察して、アリーネを起こした。官憲が部屋に闖入してきて、アリーネが窓から飛び降りた。部屋は三階で、先に飛び降りていたティルザがこれを受け止めた。ティルザにはあらかじめアリーネから、筋力を強化する魔法が掛けられていた。
裏口を固めていた者達がすくに気づいて、二人を追ってきた。ティルザはともかくアリーネの足では、これを引き離すのは難しかった。アリーネは巾着の中から賞金の残りを掴みだし、これを空中にばら撒いた。差し始めたばかりの朝日に金貨銀貨がきらめいて、音を立てて地面に落ちた。
安月給の下っ端兵卒達はその役割を忘れ、これに群がった。二人は路地から路地へと辿り、ひとまずドワーフの鍛冶屋に身を隠させてもらった。そして、城門の出入りの最も盛んになる正午頃を待ち、人混みに紛れてその街を脱出した。
「なんとか逃げられて、良かったわね」アリーネが、北へ伸びる道を早足で歩きながら言った。
「何が良かっただ。金を撒いたのは良いとして、何も全部撒く必要はなかったろ。せめて金貨の一枚でも取っとけば」並んで歩くティルザがアリーネをちょっと睨んで言った。
「しつこいわね。いつまでもケチなこと言ってんじゃないわよ」
「で、この先、どうすんだ?」
「モンテゴーニュに向かうわ。ハッチマーンとピーラッカの丁度あいだぐらいにある街よ。モンテゴーニュはピーラッカと友好関係にある街で、パスチラーラの勢力は及んでいないはずだから、そこまで行けば一安心できるわ。大きな街ではないけれど、桃だの葡萄だの、美味しい果物のたくさん採れる牧歌的な良い所よ」
その五日後、例によって食うや食わずやでモンテゴーニュまで来た二人は驚いた。モンテゴーニュの街の城門の前に、五十匹ほどのゴブリンが押し寄せ、群がっていたのだ。
「スケールは違えど、いつか見たような光景だな。どうする、モンテゴーニュへは寄らず、このまま先へ進むか?」ティルザが額に片手を当てて、遠目にゴブリンの集団を眺めながら言った。
「もう野宿は嫌。そろそろ、ちゃんとした宿に泊りたい。なんとかして街に入りましょ。いくら小さな街と言っても、あの程度の数のゴブリンに落とされることはないでしょ」アリーネが半ば瞼の落ちた寝たりない表情で言った。
ちょうどその時、そう高くもない城壁の上に、三十人ほどの兵隊が姿を現し、弓を斜め下に向けて一斉に射掛け始めた。ゴブリンらは慌てふためき、それぞれ散り散りに逃げ出した。そこへ、城門が開くとともに、騎馬を数匹含んだ相手の倍の数ほどの歩兵の集団が飛び出してきて、追い打ちを掛けた。
ゴブリンらに既に戦意は無く、その多くは必死に逃げようとするところを背中から討たれ、倒れていった。兵隊達は二十匹ほど仕留めると、あとは逃げるに任せて、順次門内へと引き上げていった。人間達の完勝であり、観戦していたティルザとアリーネは喜んだ。ただ、そこに勝ちどきの上がることは無く、兵隊達の表情には、なぜか却って倦怠の色が浮かんでいた。
ティルザとアリーネの二人は、最後尾の兵隊達の後に付いて門をくぐった。好奇と不審の混じった目をジロジロと向けられたが、別に何か訊かれることも止められることもなかった。怪物でさえなければ、特に出入りの制限などはないらしい。
街は閑散としていた。昼前であるにかかわらず、人出は少なく、閉じたままの店も多い。もとより大きな街ではないが、それにしても寂れているようだ。果物で儲けている街ではなかったのかとティルザは思う。
そんな寂しい街の通りを、二人は例によって、傭兵ギルドを探して歩いた。本当なら、すぐにも宿を探して疲れた身体を休めたかったが、金が無いのでそうもいかない。まずは何でも仕事を貰わなければ。道すがら、何かの役所の掲示板に目立つ張り紙が出されていた。
「なんて書いてあるんだ?」ティルザが訊いた。
「地下遺跡調査隊員募集だって。誰にでも出来る簡単なお仕事ですって書いてある」アリーネが答えた。
「報酬は?」
「日給で十万リブラ」
「良すぎるな。ろくな仕事じゃねえに決まってる」
「話だけでも聞いてみましょ。すぐそこで訊けるみたいだし」
建物の中に入り、係りの男から説明を受けた。案外正直に仕事の内容を話してくれた。人集めの都合上「誰にでも」などと書いたが、流石にこの仕事は女にはきつかろうと気の毒に思ったのかもしれない。彼いわく、
「遺跡というのは、昔の戦争で使用された地下要塞のことだ。要塞という性格上、その中はほとんど迷路のようになっている。そこにいつからかゴブリンらが住みついているが、最近になって、そいつらがなぜか頻繁にこの街を襲ってくるようになった。以前はせいぜい、付近を通る迂闊な旅人を狙うぐらいだったのに。襲ってくるゴブリンの数は次第に増えてきている。初めの頃は五、六匹であったのが、今では百に近いこともある。今のところ防げているが、この調子で増え続ければ、遠からず、この街も危うい。実際、不安からこの街を離れる者も出てきた。そこで我らはこれに対処すべく、遺跡調査隊を結成することにした。守勢を転じて、こちらから奴らの住処を襲い、根絶やしにしてしまおうというわけだ」
「つまり、調査隊とは言い条、その実態は討伐隊であると」アリーネが言った。
「そう。だからその隊の仕事は、ゴブリンとの戦闘がメインになる。いや、ゴブリンだけとは限らない。他にどんな魔物が潜んでいるものやら。何しろ、何百年も前の戦争以来、ほとんど誰も入ったことのない場所に足を踏み入れるわけだからな。とにかく、ハードな仕事になることだけは間違いない」
「報酬は前金で貰えたりする?」
「手付けだけ出る。一人あたり一万リブラ」
「わかった。それでいい。やる」
「……そうか。では、明朝の日の出までに城門の前に集まってくれ。そこに誰か軍の士官が来るから、あとはその指示に従ってくれればいい」
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