第12話
狭い村のことで、長老の家にはすぐ着いた。そこだけ低い石垣に囲まれ、簡単な門が付いている。家も他より大きくて、別に石と土の壁から成る蔵や、馬小屋なども立っていた。
コスティに付いて玄関を入ると、女のエルフが出てきて、部屋に案内された。部屋には男ばかり、一人の老人のエルフと二人の中年のエルフと三人の若いエルフが待っていた。老人のエルフが、左右の中年のエルフに手伝ってもらいながらゆっくりと安楽椅子から立って、二人に声を掛けた。
「よく、来てくださった。儂はリクハルド。ここの村長をしている。何も無いが、どうか気軽に寛いで、ゆっくりしていってほしい。それにしても驚いた。二人、タイプは違うが、どちらも実に別嬪じゃ。いや、眼福眼福」
白い髭と皺だらけの長老の顔は笑み崩れていた。これを見て、ティルザもアリーネも安心した。コスティの心配は杞憂だったと思う。猫をかぶったアリーネが畏まって言った。
「わざわざのお招き、ありがとうございます。私はアンナで、こっちはティルザ。旅の途中、水が切れて難儀していたところを、コスティさんにこの村まで連れてきていただき、助かりました」
「とにかく座って。ほら、お前らも挨拶せんか。この二人は儂の息子で、あとの三人が孫でしてな。まずこれが長男の――」
長老が息子らを紹介しているあいだに、さっきここまで案内してくれた(おそらく長男の嫁と思われる)女のエルフが入ってきて、飲み物と共に何かの木の実の載った木皿をテーブルの上に置いていった。すぐにティルザが手を伸ばし、木の実を一つ取って、ポイと口の中に放り込んだ。アリーネが見とがめて「行儀が悪い」と叱った。
「いやいや構わぬ。遠慮は無用じゃ。そんなものでよければ、どんどん食べてくれ。ところで、旅の途中とのことだが、どこまで行かれるおつもりか?」
「ええ……テポリスタッドまで」
アリーネはちょっと考えて、本来の目的地ピーラッカとは全然離れた別の街の名を上げた。もちろん自分が指名手配中の身であることをおもんぱかってのことだ。
「結構な長旅ですな。また何の用事で?」
「親戚が病気を致しまして、その看病に」
「それは大変なこと。しかしテポリスタッドでしたら、東の新街道を使った方が万事好都合でしょう。なぜわざわざこちらの道を」
「……この季節ですから、森の中の道の方が涼しいかと思いまして……そんなことも無かったですが」
「ふむ。ところで、そっちのお嬢さんはともかく、あなたは、どこか良い家のお嬢さんらしく思える。お父様のご職業は?」
「お嬢様だなんて、そんなとんでもない。私の父は、しがない骨董屋に過ぎませんわ」
「ご出身は?」
「南の海に面した港町、カタンシーナです」
嘘を吐いているうしろめたさのせいか、尋問でもされているようにアリーネは感じた。居心地の悪さから逃れるために、話題を変えに出た。
「私なんかのことより、長老様のお話をお聞かせいただきたいわ。エルフの中でも最年長ともなると、いろんなことを知ってそう。私たち人間が歴史として書物から知るより他に無いことを、長老様は実際にその時代に生きて、見聞あるいは体験されているわけでしょ」
「若い人にとっては、つまらん話ばかりじゃ」
「ぜひ聞かせていただきたいわ。たとえば、そうね、四十七都市独立割拠戦争の時のお話とか」
「ああ、あの頃、儂は――」
長老が語り始め、話は長々と続いた。アリーネも時折、適当な質問などを挟んでは、長老の饒舌に拍車を掛けた。上機嫌な長老を尻目にティルザはひたすら退屈し、順次出される軽食を手持無沙汰に摘まむばかりだった。
二時間ほど経った頃、同座していたコスティが流石に堪りかねて遠慮がちに口を開いた。
「長老、そろそろ私たち、お暇させていただこうかと……」
「おお、すまんすまん、つい話し込んでしまった。面白くもない年寄りの昔話に付き合わされて、お二人とも迷惑だったじゃろ」
「そんなことありません。貴重なお話ばかり、たいへん興味深く拝聴させていただきましたわ」アリーネが愛想よく微笑みながら言った。
「それならよいが。ところでお二人は、いつまでこの村に滞在されるご予定で」
「いえ、もうこれからすぐに立つつもりです」
「それはいかん」急に真剣な表情をし、穏やかに叱るように長老は言った。「今から出ると、夜をどうしても森の中で迎えざるをえない。出発はせめて、明日の朝にされよ」
「お心遣い、ありがとうございます。でも、先を少しでも急ぎたいので。野宿も、今は夜も暖かいので容易ですし」
「いやいや、女性だけで野宿などとんでもない。廃れた道だからといって、誰とも出会わぬとは限らん。悪い男らに襲われでもしたら、どうするつもりじゃ」
「その時は、そこの彼女が――」
「無茶を言うな。彼女がどれほど強いかは知らぬが女は女。男の腕力を舐めてはいかん。悪いことは言わぬ。今夜は泊っていきなさい。明日は、誰か村の男を護衛につけて、森を抜ける所まで送ってやろう」
「いえいえ、そんなことまでしていただかなくても、本当に大丈夫ですから」
「……そうか、そこまで言うなら仕方ない。力づくで引き留めるよりなさそうじゃな」
「えっ……」
長老の表情が変わっていた。口の片端を上げ、陰気な笑みを浮かべている。長老の息子達が立ち上がると同時に、部屋の入口から新たにたくさんの男達が入ってきて、アリーネとティルザを取り囲んだ。ティルザは反射的に腰の横に手をやったが、そこに頼みとすべき剣は無かった。
「お前、マッカローンティヌスの娘じゃろ。手配書が回ってきておる。手配書には娘を騙る偽物と書いてあったが、どうやらお前は本人そのものらしいな。持っている雰囲気が流石に余人とは違う。まあ、懸賞金さえ貰えれば、別にどっちでも構わんが」
「……本物の教皇の娘とわかって、なお、私を拘束する気? エルフの社会には道徳ってもんは無いの?」
「お前は自分に道徳などと、のたまう権利があると思っているのか? 片腹痛いわ」
「どういうこと?」
「儂らがこの地に落ち着いたのは、つい十年ほど前のことに過ぎぬ。ある街の郊外に暮らしていたのを、近辺の住民に迫害されて、引っ越さざるを得なかった。なお、その郊外の地に住んでいたのも、その前の居住地を追われてのことじゃ。そしてまたその前も……迫害の理由は何だと思う?」
「……」
「言わずと知れたこと、マドゥーカ教への帰依を拒否しているからだ。儂らは別に邪教の信者ではない。それどころか、何の宗教も信じておらぬ。祭るものと言っては、せいぜい父母の霊があるぐらいのもの。それをお前たちは自分たちと同じ神を崇めぬということだけで、儂らを犯罪者扱いじゃ。儂らが特定の神を持たぬことで、お前たちに一体どんな迷惑を掛けたと言うのだ? 全く、意味がわからんよ。先々々代のマッカローンティヌスの時は特に酷かった。奴が異教の禁止をはっきりと打ち出したせいで、人間どもは儂らエルフに対し、奪う、殺す、犯すのやりたい放題。無宗教の儂らに、異教も何もあったものではないのにな。儂の一人娘も――喋り過ぎた。とにかく、儂にはお前の血筋に対し、積もり積もった恨みはあっても、恩を感じるような義理は何もない。話は終わりだ。そいつら縛って、蔵の中に放り込んでおけ」
抵抗むなしく、ティルザとアリーネは簡単に取り押さえられた。
「誰か、アトロポシアまで馬を駆って、マッカローンティヌスの娘を騙る詐欺師を捕まえた旨、報せてこい」
この間ずっとコスティは抗議の声を上げていたが、相手にする者は誰もいなかった。
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