第15話


「もうすぐ雄太の誕生日だな」


早く帰って来たかと思ったら急に誕生日の話をされた。

夫が雄太の誕生日を覚えていた事に驚いた。


「大丈夫よ。貴方は仕事も忙しいでしょうから、雄太と二人でお祝いするわ」


前回の記憶がよみがえる。

雄太の初めての誕生日。ケーキを買って、たくさん料理を作って夫の帰りを待っていた。

結局彼が帰って来たのは翌日の明け方だった。

早く帰ると約束したのに朝帰り。

私からの連絡がこないように、彼はスマホの電源を切っていた。


私は寝ずに彼の帰りを待っていた。

雄太が何も分かっていなかったことだけが救いだと思った。

雄一さんは最低な父親だった。


やめてくれる?無駄な『雄太の誕生日だな』発言。


「まぁ、仕事だけど。早く帰ることはできるから」


「あ、別にどっちでもいいわ」


私の言葉を聞き、夫は機嫌が悪くなった。

夫婦喧嘩は避けたい。


「えっと、ごめんなさい。早く帰ってくるのね。わかったわ。雄太も喜ぶでしょう」


「ああ。誕生日プレゼントを買うよ」


なにを?


「おむつとか、実用的なものだと嬉しいわ」


正直に言った。


「初めての誕生日におむつとか、そんな可哀そうなことできないだろう。雄太の好きなおもちゃを買ってくるよ」


「そう。じゃぁお願いね」


私は面倒になって、部屋に引き揚げようとした。


「美鈴ちょっと待てよ」


「なに?」



「もう少し会話をしてもいいだろう。雄太が何を好きなのかとか、おもちゃはどういうものが好みなのかとか。話ならたくさんあるだろう」


「雄太が好きなのはママよ。好きなおもちゃはテレビのリモコン」


「美鈴、ちょっと座って」


不味いな……夫は怒っている。

言い方が悪い私の責任ではあるけど。


「どうしたの?」


「前はそんなんじゃなかったよな?もっとたくさん話をしただろう。今は夫婦の会話がない。君は雄太が歩いたことだって教えてくれなかっただろう」


「え、言わなかったっけ?知ってるものだと思ってた。ごめんなさいね」


「そんなんじゃ、今後家族としてやっていけないだろう。もう少しコミュニュケーションをとるべきだと思う」


何を言っているのか分からない。

もしかして河合愛梨と上手くいってない?

今更……それは困るんだけど。


「雄太が寝るまでに、いつも帰ってこないでしょう。遅い時間まで起こしておくわけにはいかないわ。あなたが雄太の顔を見るのだって週に2日くらいかしら?それでも、雄太の成長の報告をしていなかったのは私の責任ね。ごめんなさい」


「ああ。雄太が新しくできるようになった事とか、しゃべれたとか、今日は一日何をしたかとか教えて欲しい」


「今更?」


思わず本音が出てしまった。


「……俺も、今まであまり雄太に構ってやれなかったことは反省している。でも雄太の父親なんだから子供の顔は見たいし、ちゃんと遊んでやりたい。帰宅が遅いし寝ている時間に帰って来て、起きる前に出勤するからほとんど会えない。けどそれでも、大事な俺の息子だから」


どの口が言う。


「初めての誕生日くらい一緒に祝ってやりたい。息子の成長を俺もちゃんと見たいんだ」


子供の成長を見られなくなったのは私だったわ。


「雄太はね……私の命だった。私の大事な息子だったわ……」


私から雄太を取り上げたのはあなたよ。涙が出てきた。

もう夫の顔は見たくない。ここにいたくない。


「わかったわ。家族でお祝いしましょう。誕生日には必ず帰って来てね」


夫は私の涙に驚いたようだった。


私は立ち上がって、雄太の寝ている部屋に入って行った。

さっさと離婚したい。


今更、何を言い出すのよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る