第4話


せっかくやり直しのチャンスをもらったのだ。


二度目の結婚生活は、失敗しない。

他に女がいたとしても気にしないと決めた。

彼の浮気を黙認する。


非の打ち所のないママになり、優しく何でも許容する妻になる。


愛し合い結婚したんだから、彼は必ず私のもとに戻って来る。

働いていない私は夫に離婚されたら生活ができない。子供が産まれたらなおさらだ。

彼がいなければ生きていく事ができない。


それに何より、私は夫を愛している。


悪阻が落ち着き、産婦人科を退院して私はマンションに帰って来た。


残業で遅くなるという夫からのラインをみながら『また同じなのね』とため息をついた。


一般的に浮気は遊びだ。きっと彼は、浮気相手に飽きたら、私のところへ戻って来る。

念の為、万が一離婚すると言われた場合を想定し浮気の証拠を持っておくべきだと考えた。


夫が不倫していた場合、彼は有責配偶者になる。

そうなれば私が離婚を拒否すれば、有責配偶者である夫から一方的に離婚することはできない。


今回の不倫の証拠は探偵事務所に調査を依頼する事にした。

高額にはなるが自分の精神の崩壊を防ぐために必要だった。


家では完璧な妻。

そして子どもには明るく優しい母親だ。


夫の食事は栄養バランスを考え、品数もたくさん作る。

もちろん全て手作りする。

部屋も毎日きれいに掃除して、彼のワイシャツにアイロンをかける。

好みのビールは必ず冷蔵庫に入れておき、帰宅と同時にお風呂に入れるように準備しておく。


彼の言う事には決して逆らわず、遅くなっても、外泊しても文句は言わない。

朝は必ず玄関まで夫を送り、帰ってくるときは出迎える。


前回の私は正気でなかった。髪を振り乱し、痩せてギスギスしたおばさんだった。

夫が仕事から帰ってきたら文句を言い、浮気相手を批難しなじっていた。

雄一さんが、そんな私と結婚生活を続けるはずはない。当然だ。


今回は自宅でも毎日化粧をして、洋服もきちんとした物を身に着ける。

一度目の教訓を生かし、優しく笑顔を絶やさない妻になった。


ネットで検索すると、浮気した夫と離婚する確率は18%しかない。

ほとんどの家庭は再構築してやり直している。


今の私には非がないのだから、彼は離婚を言い出さないだろう。


若く美しくいられるよう、子どもを一時保育に預けて美容院へ行き、エステにも通う。

ご近所さんとも仲良くし、常に夫を立てる。


私が嫉妬に狂いさえしなければ、夫と離婚することはない。




今日は日曜日だ。

雄一さんは昨日から出張で京都へ行っている。


けれど私は知っている。これは仕事の出張ではなく、不倫相手との旅行だ。


一度目の時は、後になって不倫旅行だと発覚したけど、今回は事前に分かっている。

私は探偵に頼んで京都まで夫を尾行してもらうことにした。




わざわざ新しい下着を買って、出張の着替えの中に入れてあげる。

不倫相手のために夫のシャツにアイロンをかける。

これほどの屈辱を味わいながらも、夫に尽くしている妻は他にいないだろう。


雄一さんが京都へ行っている間に、夫のパソコンと同期しているカレンダーで予定を確認した。

クレジットの明細を調べたり、普段使っている鞄の中を漁った。

レシートや領収書の類、不倫の証拠になり得るものを全てコピーしてファイリングする。


「ママ、おうま」


チリひとつない綺麗なフローリングの床。ちょこんと座った雄太が私を呼んだ。

テレビで競馬中継をやっているようだ。競走馬が映っている。


「ふふ、お馬さんだね。雄太、これは競馬のお馬さんね」


愛らしい我が子と一緒にテレビを観る。サラブレッドを見て絵本の馬と同じだと認識できる雄太は天才かもしれない。

我ながら親ばかだなと思いながら雄太を抱きしめた。


今日はG1レースが行われる日のようだ。


『高額配当がでました!着順は1着1番、2着2番、3着9番。三連単1、2、9の万馬券です!』


万馬券が出たんだ。私は画面に注目した。


『7番人気であるサブリナドリアーナが天皇賞を制し、騎乗した騎手が初のG1勝利を収めました。17番人気の馬が馬券に絡んだことが高配当の要因でしょう。三連単1、2、9の万馬券です』


アナウンサーが興奮して高配当になった要因を説明していた。


「凄いね雄太万馬券だって。1、2、9だって、1月29日。ママの誕生日と同じだね」


そういえば巻き戻る前も競馬で万馬券が出たというニュースを目にしたような気がする。

ちゃんと記憶してれば億万長者になれたかもしれないと思った。


「ま、今更だね」





探偵から京都旅行の報告があった。


「河合愛梨は子供が産めない体のようです。今回は新幹線で後ろの座席を確保できたので会話を録音できました」


それは前回知らなかった、私にとっては新しい情報だった。


「子どもが産めない?なぜ産めないのですか?」


「そこまでは分からないです。婦人科系の病歴があるとかでしょうか。要因はさまざまです」


「それを調べることはできますか?」


「できなくはないですが……病歴となると、彼女のかかりつけの病院の職員から情報を得るとかしないと無理でしょう」


「お金はいくらかかっても構いません。調べていただけますか?」


「違法な事になるかもしれませんので、証拠として認められない可能性があります」


「それでも構いません。お願いします」


私は必死だった。

彼女が妊娠できないのなら離婚はしないだろう。


一度目の人生で、私は精神的におかしくなった。

子どもを育てられる状態ではなかったから、離婚し、親権も奪われた。

彼が私と離婚して彼女と再婚したとしても、子どもが産めない彼女では自分の子は望めない。


私がおかしくならなければ離婚はなかっただろう。


今回の人生で、私は精神的に安定している状態を保っている。

雄太を、そして生まれてくる美玖を奪われることはない。


探偵に京都まで尾行してもらったため、かなりの調査費用がかかった。

探偵の費用は私の預金では補えない額になった。

離婚して子供を取られてしまったら、いくら自分のお金を持っていても意味がない。

自分のお金は無くなったが、夫の預金がある。

夫は平気で不倫旅行やホテル代、彼女へのプレゼントにお金を使っている。

彼は年収が高いから、探偵の代金を家族の口座から出した。

これくらいの金額は使用しても問題ないだろうと思った。


夫は自分の預金残高や、生活費の使用額を確認することはなかった。

結婚当初から、金で苦労はさせないと言って、私に通帳を預けてくれている。


彼がカードで河合愛梨にブランド物のネックレスを購入したら、それよりも良い品のネックレスを自分に買った。


彼が彼女と高級なレストランへ行ったら、自分も特上の寿司を出前で頼んだ。

それはストレス発散になったし、私が穏やかに過ごすのに必要なことだった。



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