第44話

 常夜の世界に浮かぶ松江城。四重の天守を有する血に塗れた平山の城。市街地の北部に位置するかつての国宝は、出雲の前線基地として利用されている。

「警備がいないってことは……誘いこまれてるわね」

「だな。奴さん、随分と余裕みてぇだ」

 レジスタンス同心たちは、不自然なほどに静かな正面門を抜け本丸へ到達。

 視界いっぱいに広がる城を見上げると、天守閣から漏れる明かりに三人の影が浮かんでいた。

 二階部分に相当する物見やぐらの上部、瓦を踏みしめ彼らは立っていた。

 出雲旗本、啓二。出雲旗本、友恵。そして、

「出雲大名、八十神だ。改めてよろしくな、凡人たち」

 白いスーツは常夜の世界で輝きを放つ。まるで、自分という存在を見せつけているようだ。身を乗り出し同心を見下している様は、神が人間を見下ろす姿にそっくりだ。

「今日をもって、無駄な反抗は終わるんだ。大切な思い出も、仲間も全てを抹消して終わりにする。天蓋は破壊されない、出雲は打倒されない。太陽は昇らない。希望の象徴である尊は死んだの――」

「――生まれろ」

「ッ――」

 八十神の頬をかすめ黄金色の球体が通過した。

(これは……尊の――何故だッ)

 驚愕に染まる表情を浮かべた八十神は、周囲を見回す。足元にいるのは同心たち。その中に、尊は存在しない。

 放たれた黄金の球体は、天守閣の遥か上空で停止。周囲をぼんやりと薄く照らし出した。

 そのおかげで、八十神はその主を発見できた。

 同心たちの後方から歩いてくる人影がいた。

「……尊さんのようには出来ないですね。太陽ではなくお月様のようです」

 原色そのままの白髪。それとは対照的な常夜の世界に溶け込む黒色のセーラー服。闇に浮かぶ白い肌と、鬼灯のような赤い瞳。黄金色に輝く刀を持つ女性が八十神の足元へ歩いてきた。

「お前……その力は……御子になったのか、天照の御子に」

 月明かりのお陰で、八十神の不快に歪む表情がよく見えた。

「違います。これはあの方から頂いた借り物の力に過ぎません。ですが、太陽の留守を預かることは出来るはずです」

 ひなは、力強い意志の宿る瞳で、八十神を見上げる。以前とは比較にならないほどに彼女は強い。借り物に踊らされるのではなく、自らの物に昇華している。八十神と伊邪那美が注いだ力でさえ、彼女が操る武器になっている。

「ありがとうございました。八十神さんのお陰で、私の正義が見つかりました」

「それはよかったな。……因みにだけど、それはなんだ?」

 八十神にとっては嫌味であり、ひなにとっては本心だ。

 嘔吐しそうな八十神とは対照的に、ひなは澄み渡る青空のような透き通る表情で、

「――正義とは輪(わ)。私たちは必ず手を取り理解し合えます。皆さんに頂いた暖かさを、次は……私が他の方にお伝えしたいと思います」

「君に理解されるほど浅くないよ」

「だからこそお話をしたいんです。八十神さんたちの世界を私は見てみたい」

「あぁ、お前はあれだ……尊とは別のベクトルでバカだな」

「はいッ! おバカですッ! その通りですッ! そんな私が理解していることならば、八十神さんならもっと深く知っているはずッ! 助け合うことの素晴らしさを!」

「そうだよ。君が躓いて転んだ道なんて、僕たちの足跡だらけの過去。君のその先も、もっと先も理解している。それでも、僕たちはここにいる。物知らない小娘が、覚悟無しに吐いていい言葉じゃないんだよ?」

 八十神の鋭い視線を受けたひなは、刀の切っ先を向け、

「――ならばこそ、挑みます。全力でぶつかり、心を通わせましょう」

「はっはははは! いいだろう――」

 啓二が槍を、友恵が弓を、八十神が屋根に突き刺した日本刀を引き抜いた。

「――分かり合おうじゃないかッ!」

 出雲幹部と同心による総力戦が幕を開けた。

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