第35話

「さあ、いらっしゃい?」

 伊邪那美は両手をひろげ、尊を誘う。

 尊は動くことはない。

 それを不満に思ったのか、頬を膨らませピョンピョンとその場で跳ねながら、

「何をしているの? はやく、いらっしゃい」

「……お前が何をしている。殺されに来たのか?」

「ようやく声が聞けたわ。再会のハグは、またの機会にしましょうか。そうよね、尊はスキンシップが苦手だったものね?」

 伊邪那美は腕を組み、我知り顔をしている。

「今は見逃してやろう。さっさと立ち去れ」

「それは嫌よ。私にも目的があるのよ」

「それをさせると思ったか?」

「もう、目的は達成したわ。尊って、大切なものは奥にしまっておく癖があったわね? 天照といい、あの娘といい」

「――ひなに何をした?」

 伊邪那美の目的を理解した尊は、金色の錫杖を虚空から取り出した。

「良く見つけたわね? あの娘が”本当の天照の御子”なのね?」

 尊は錫杖の先端を槍に見立て、伊邪那美の眼球を目掛けて突き出した。

 しかし、

「ダメよ?」

 伊邪那美が、尊の渾身の一撃を受け止めた。しかも、右手の人差し指一本のみで。

「頑張ったのね。……本当によく頑張ったわね? 特別ではない貴方が特別になるために、こんなモノを使ってまで」

 伊邪那美が錫杖に視線を落とす。

 すると、木製の錫杖に亀裂が入り砕け散った。その中から現れたのは、出雲兵が使用している白い槍だった。

「ダイダラボッチの槍。姿を変えているのは、どこぞの神に頼んだのかしら?」

「何を言っている?」

「大丈夫。私は尊を理解している。……天照に心配かけたくなかったんでしょう? 力のない貴方が私たちに歯向かうには、ダイダラボッチの変換の力が必要だものね? 命を代償に、太陽の力を行使していたのでしょう?」

「……だからどうした?」

 伊邪那美は目を細め、かぶりを振った。

「うふふ、私は尊の味方。いつだって、貴方が死んでもそれは変わらない。貴方は何処にいようが私の物なの。だから、あの娘は不要なの」

 すると、

「尊さん……」

「ひなっ!?」

 背後に現れた人の気配。

「貴方は裏切り者。伊邪那美の先兵……」

 ひなに異常が起きていた。幽鬼のように脱力した歩き、両目の周辺には血管が浮き出ている。言葉からは悪意があふれ、尊を裏切り者と断定している。

「本当にかわいい娘ね? 天照そっくりの純真さ。……だから、八十神に付けこまれたのよ」

 ひなの頭髪は毛先から徐々に変化しているようだ。まるで伊邪那美のような白色に染まりつつある。

 敵の侵入を許し、尊の計画の最後のピースが陥落した。尊にとって最大のピンチが訪れた。

 伊邪那美は辺りを見回し、人の気配が来ないことを確認すると、

「誰も来ないのね? これなら、少し早いけれど、尊の回収をしても――」

 死人のような青白い手が尊の顔に伸びた。

 その時だ、

「――そこまでです」

 天照が現れた。

 尊に伸びた伊邪那美の手が止まる。

「あら、遅かったじゃないの? 私が怖くて引きこもっているのかと思っていたわ」

 伊邪那美の挑発するような言葉に、天照は青筋を浮かべ歯をむき出しにして対抗する。

「違います! 貴方を恐れる理由などありません! 何故ならば、私には尊がついているのですから! 伊邪那岐様をNTRれたどのぞの神には、そんな方いないと思いますけどね?」

 すると、伊邪那岐の額にも青筋が浮かぶ。彼女が発していた底知れない冷たさが、徐々になくなっていく。

「NTRなど……まだそんな噂が。尊と一緒に、貴方たち全員を殺して差し上げます」

 伊邪那美から放たれた圧力から天照を守るべく、尊は立ちふさがる。

「痛いのは一瞬だけ。死後の世界から直ぐに連れ戻して差し上げますから」

 彼女の指先に銀色の炎が収束していく。

 尊はそれを防ぐべく、錫杖の真の姿、白い槍を構えた。尊の最優先事項は天照の守護。

(……伊邪那美と対峙するにはリスクが大きすぎる。……天照は戦うつもりのようだが……)

 尊が槍を握る手に力を込めた瞬間、

「――甘いよッ」

 正面に突如出現した八十神が、尊の首めがけて刀を振り上げた。

「読んでいたぞ」

 尊は八十神の出現を想定していた。槍の矛先を正面に向け、八十神の刀の軌道を逸らそうとした。

 しかし、

「――私が正義をッ」

「なッ――」

 ひなが繰り出す背後からの一撃は、想定していなかった。

「裏切りは悪……私が、正義を成すのですッ!」

 背後から刀で一突き、心臓を貫いていた。

 全ての髪が白色に染まり、目を真っ赤に充血させ猛禽類のように目が飛び出るほどに見開いていた。

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