第21話
戦況を見ていた八十神は、顎に手を当て思考の渦に捕らわれていた。
「……ひぃ。教えて欲しいことがあるんだけど?」
「なんなりと」
隣のメイドに問いかける。
「戦況は見てたか?」
「はい。当初の予定通り、ひなに毒を仕込むことが出来ました。作戦は成功かと思われます」
「あぁ、それはいい。それはいいんだが……」
八十神は、机に置かれたアキの資料を手に取ると、
「コイツはなぜ死んだ?」
「と、おっしゃいますと?」
「ひなは未熟だ。アキの方が力量は上だった。現に、最後に手を緩めなければ死んでいたのはひなだった。……なぜ殺さなかった?」
「ひなが死んでいたらマズいのでは?」
「……どっちに転んでもいいんだよ。その為のサブプランなんだから」
すると、八十神は意地悪い笑みを浮かべた。
「あれぇ? ひぃは資料読んでないの?」
「は? なに? 調子に乗ってんの?」
また、メイドの化けの皮が剥がれた。
「おいおい、メイドがご主人様にそんな態度でいいのか?」
「勘違いしないで。これが私たちとアンタとの契約なんだから。渋々やってんのよ」
すると、八十神は目を細め険しい表情を浮かべた。
「これは契約じゃない、約束だ。そこは間違えんな。俺はお前たちと契約を結ぶ気はないからね」
すると、黄色髪のメイドみぃが威勢よく手を挙げた。
「はい! 私は八十神様と契約したいです!」
「ウチもしてくれていいぜ?」
赤髪メイドよぉも同意する。
「おい、妹の教育はどうなってるんだ?」
八十神はジトっとした目で隣に座るひぃに視線を送る。
「そ、そんなの……私に言わないで。そう! ご主人様はメイドの教育をするのも仕事ってことでしょう?」
「それじゃ、今夜僕の部屋に来なよ。教育してやるから」
「――いやあぁぁぁ!?」
力強いビンタが八十神を襲う。後方の壁に激突した。
「そ、そんなまだ早いわよ!? でもでもでも、アンタがそういうなら」
「……叩くなよ、マジ痛い」
「あ、ゴメン」
八十神は赤くはらした頬をさすりながら、
「もう一度言うぞ? 僕は既に契約してんだよ。二重契約はあり得ないんだよ」
「……でも、ご主人様は殺したくない」
白髪のメイドいつは、ポツリと言葉を漏らす。
「それは”僕が狂ったら”だろう? どうだ、今の僕は狂っているかい?」
「違う。いつも通り」
「ってことでアキが死んだのかさっさと教えろ!」
すると、メイドたちは口を閉ざした。
「アキがワザと死んだようにしか見えないんだ。これって可笑しいだろ? 死なないために努力したのにさ?」
後方に控えるメイドたちに視線を向ける。室内は暗いが、全員が申し訳なさそうにしているのが読み取れた。
すると、代表してひぃが口を開いた。
「……これは弱者の勝ち方です。死んでもいいから、誰かの心に刻まれたいとそう願ったのでしょう」
「どういう意味だ? 覚えて欲しいのなら、尚更、死ぬ意味が不明だろう?」
「正攻法では実現できなかったのでしょう。……申し訳ございません。それを語ることは彼への冒涜になってしまいます故」
ひぃに倣って、全員が頭を下げた。
「……分かった。だけど、これだけは聞かせろ。……その理由は、僕が知らなきゃ
ダメなか?」
ひぃは、かぶりを振り否定した。
「”今の”ご主人様には不要です。強者は強者の戦い方があります」
「……ならいい。ひなが結界に穴を開けるのを待つとしよう。ほら、皆も座りなよ?」
この場を包んでいた緊張が解けた。
「ねぇ、八十神様。天照の結界ってなんで今になって穴が開くの? これなら、私たちでも出来るじゃん?」
よぉは赤髪を揺らしながら、八十神に問いかける。
「結界に穴をあけるのは始まりに過ぎないんだ。天の服織女(あまのはたおりめ)の血による弱体化はあくまで一時的。その後の作業はお前たちにはさせたくないんだ」
「穴開けるのは、本命じゃないってこと?」
「そういうこと。穴が開かなくて別の方法でリカバーは出来る。目標達成できればなんでもいいんだ。……因みに、今動き出した理由は簡単だ」
八十神は、みぃから受け取ったワインを傾ける。
「伊邪那美が妙にやる気を出したんだ。事あるたびに、遠回しに言ってくるもんだからねぇ?」
八十神の考えが理解できて嬉しいのか、みぃはワインボトルを持ちながら、
「織女ってことは、天岩戸伝説になぞらえたんですね?」
「そう。須佐能乎命(すさのおのみこと)が破壊と糞をまき散らしたりした伝説だ。そのきっかけの一つが天の服織女の死。その再現を行い、結界に綻びを生む」
「知名度は力であり弱点ということのいい例ですね」
化けの皮を被りなおしたようだ。粗暴な言葉は鳴りをひそめ、おしとやかな大人の女性に変身していた。
疑問を消化した八十神は、引き続き戦況をモニタリングしていく。
「啓二と芽衣か」
モニターでは芽衣と啓二が戦っていた。
「どちらが勝つと思われますか?」
「啓二……と言いたいが、引き分けになるかも」
すると、ひぃが首を傾げた。
「彼は旗本の中で最強。現に、芽衣は敗北寸前です。ここから逆転する一手が彼女にあると?」
「芽衣は負けるだろうけど、尊がいるからね」
八十神は、複数あるモニターの一つに視線を移す。
抉れた地面から延びる石柱には未だ尊が拘束されていた。
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