底辺〜クズの見たセカイ〜
本田イズム
第1話 この世にクズが生まれた日
真っ赤な80年式マツダファミリアが街中を走る頃、祇園の鐘が鳴る音と共にボクは産声をあげた。両親にたっぷり可愛がってもらった記憶はないが、祝福ムードだったにちがいない。知らんけど。
あんなに可愛い笑顔で笑って、周囲の人々も笑顔にするような純真無垢なボクがまさかこんなクズになるとは誰も予想すらしていなかっただろう。
あのときこうしてれば…なんて思わないのがクズなんだとおもう。
ボクは生まれてすぐにおじいちゃん、おばあちゃんの元で暮らすことになる。なぜかって?父はヤクザ、母は失踪。そりゃそうなるでしょ。
まぁ今思えばなるべくしてクズになったんだと思うけどね。
そんなこんながあって小学生の頃はとくにクズでもなかったようにおもう。ただ、自分だけがよければそれでいい、というクズ的思考は持ち合わせていた。
ボクの育った街は、時代なのか、不良が多かった。大人も子どももとにかくやさぐれていた。
ワンカップの酒を持ちながら自動販売機にキレているおじさんや、路上に座り込んでいるばあさんや、30歳もすぎているのにマルボロカラーのチャンプRSに跨りシンナー缶を咥えたまま爆走するオッサンなど、上げればキリがないくらい劣悪な環境だった。
我が家も例に漏れず、毎日おじいちゃんは酒を飲みに飲み倒し酔い潰れおばあちゃんにくだを巻く。おばあちゃんも気が強いからかおじいちゃんに言い返す、そして毎晩怒鳴り声を聞きながらボクは駄々をこねるだけこねて買ってもらったファミコンの画面に集中する。なんの音も耳を通さないくらい集中する。そんな毎日を過ごしていた。
そんなボクでも時間は無常にも過ぎていくわけであっさり中学生になった。
中学の入学式にツレと相談して、10人くらいで目立ちたいからか、当時流行っていた短ランボンタンスタイルで行くことになった。この頃からボクは人と同じことができなかったのかもしれない。ボクだけスーパーロングの長ランだった。
当然のように上級生に目をつけられる。早速呼び出しにあう。ボクの中学校は1年生の校舎と2、3年生の校舎が隣接されている。上級生の巣食う校舎のトイレにボクたち10人は集められた。でもボクは全然余裕だった。なぜかって?ぼくたち10人の中に、地元で有名な暴走族の総長の弟がいるんだもん。そりゃ、お守り持ってるようなもんでしょ。楽勝、楽勝。って思って行ったわけさ。しかしここでボクの考えが、メープルシロップくらい甘いということを思い知らされる。
その弟ちゃんはなにもされない、当然。そして残ったボクたちは当然のことながらボコボコ。もう顔面の形も変わり瞼は切れる、口の中は切れる、立ち上がるのもやっとの思いで教室まで戻った記憶がある。
入学式早々、ボコボコになりましたよ。そこでボクはおもったんだ。
”これ、なんでボクしばかれたんや?”
この疑問を抱えたままとりあえず家に帰る。
朝ゴキゲンで入学式に行った孫が、誰かわからないくらいにボコボコになって帰ってきた姿を見ておばあちゃんがボソっと『あんたもかいな』と呟いた。今思えばなんとなくその意味もわかる気がするが、当時は、『は?なにゆうてんの?』って思ってた。
これを機にボクのクズストーリーは加速していく。
学校に行くことの意味がわからない、なんて調子のいいことを言いながら実はまたボコられるのが怖くて学校に行かなかった。
ただこんなボクでもおじいちゃんとおばあちゃんに心配をかけまいと学校に行くふりをして、駅前のロータリーで何をするでもなくフラフラと彷徨っていた。
しょぼくれた街だが駅前は煌びやかだった。スナックやキャバクラが入っている雑居ビルと駅を繋ぐ歩道橋がボクの定位置だった。
同年代が勉学に励んでいる頃、ボクは何をするでもなくただただ街に居座った。
そんなとき雑居ビルから大きな怒鳴り声がきこえた。
『ワレ、今に見てろよコラ。俺が大物になった時声かけてきても知らんからな』
振り返ってみると、髪を真っ赤に染め、背中につくほどの長髪でジャラジャラを首や手首にシルバーアクセサリーをつけた男が立って怒鳴り散らしていた。
関わっちゃいけない存在だと一瞬で判断しボクはとにかくその場から去ろうと試みる。しかしながらそういう人種は余計な嗅覚が働くのかボクを見つける。そして話しかけてくる。
『おいコラ、ワレなにみとんねん』
”一切目も合ってませんよね。あーまじでめんどくさい。”
そう思いつつもとりあえずボクじゃない、ボクに話しかけてるわけじゃない、とシカトすることに。だが周りにはほとんど人がいない。そりゃそうだ。平日の午前中に飲み屋のビルの前になんて人はいないよな。男は続ける。
『おい少年、ワレ耳ないんか?その顔についとるんは耳ちゃうんかい?飾りか?』と。
確実にボクだと認識している。
”あーやばい、どないしよ”そう思ってると、男は真横に座り込んだ。
『おい少年、こんな時間になにしとんねん。顔もボコボコやしワレ不良ちゃんか?』
ただただ黙ってる。そしてふと頭をよぎる。
”ボクは不良になりたかったのか?”
そして男はまだまだ話しかけてくる。
『なんや、喋られへんのか?ワレいじめられっ子か?』
”ん?ボクはいじめられたんか?”
この男の質問が頭の中でいちいち考えさせられる。うっとおしい。
『なんやワレ俺とおんなじかいな』と男がいう。
”は?あなたとボクが同じ?え?どこをどう見て?”
そう思った瞬間男が言った。
『なーんや、ワレも夢追い人か』と笑った。
”ユメオイビト?なんやねんそれ。聞いたことないぞそんな言葉”
そう思ったことが口に出てしまった。
『なんやねんそれ』
言ってしまった瞬間、ゾッとした。またボコられる、、、そんなことが脳裏をよぎった。しかし男は、びっくりするくらいの笑顔で肩を組んできてこう言った。
『おい少年、ワレがいま見とる世界なんてのはな、めちゃくちゃちっぽけなんやで。でもな、夢を持ってそれ追っかけてるとな、ちっぽけな世界がちょっとは広がるんや。その瞬間がめちゃくちゃ気持ちええんや。だからみんな夢を追うんや。』と。
『俺、夢追い人やねん。』と続ける。マジで”しらんがな”が頭の中で何度もリフレインされる。ボクの反応なんてお構いなしに男は続ける。
『俺な、音楽やってんねん。まぁあともう少しでビッグになる男っちゅうわけや。おい少年、ワレサインしたろか?』と。
『いりません。ボクそんなんちゃうんで』とボクは答えた。
『なーんやワレ喋れるやんけ!俺な、シンタロウっていうねん。少年、名前なんて言うねん』
あーめんどくさい。と思いつつもボクは答える。
『知らん人と話すなっていつも言われてるから教えられんです』
男はボクの言葉を無視して続ける。
『知らんことないがな。今知ったやろ。もう友達やん』
この男の距離感がバグってる。とにかくここ離れないとやばいわ。と思いおもむろに立ち上がる。
『なんやねん、急に。まぁええわ。おい少年。ワレ今生きとるんけ?』
その言葉を背中に浴びながらボクはシカトして歩いていく。そんな時でもこの男の言葉が頭の中を駆け巡る。
”ボク生きてるやんな?”自問自答しながらそこを後にした。
このシンタロウとの出会いがボクをクズにする。
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