ep.43 覚悟はありますか?
新崎は怒りながら中村を非難する。Aはショコラのアドバイスに従い、中村のゴミ漁りの事実を個別に伝えていた。新崎は感情的に反応し、中村への嫌悪を増幅させた。続いて、佐竹や桃山にも同じ話をし、それぞれの反応を引き出す。最後に、Aはパワハラ気質の高山に会い、中村の行為を報告。高山は驚き、涙を流して感謝の意を示し、Aとの関係が改善する。最終的に中村は社内で孤立し、不正行為が原因で契約を解除された。
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Aが「株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び」に入社してから、気づけば8ヶ月が経過していた。
シンプルに言えば、会社の売上は倍増した。Aがチームに加わってからの改革が功を奏したのだ。さらに、中村の1件が起きて以来、会社の雰囲気も大きく改善されていた。あれ以来、高山の素行も改まり、以前のように社員をパシリに使ったり、威圧的な態度を取ることはなくなった。彼自身も少しずつ変わってきているようだった。
一方で、佐竹も自分自身の居場所を見つけ出し、会社における役割を果たしつつあった。Aがこの8ヶ月を振り返ると、会社は結局「人」でできている、というどこかの経営者の言葉が頭をよぎる。チームのメンバーがそれぞれに成長し、良い方向へ変わっていく姿を見て、Aは満足感を覚えていた。
そして、そんなある日、Aは報告のため、ショコラのもとを訪れた。
隠し扉をノックすると、ふわりと桜色の風が吹き抜けた。そして、その風とともにショコラが現れた。彼女はいつもと変わらぬ穏やかな表情で、Aに椅子をすすめる。
「あの……今回はほんとうにありがとうございました」
ショコラの声は、まるで雪が溶けて消えゆくような、儚げで柔らかい声だった。Aはショコラの声を生で聞いたのはこれが初めてだった。彼女が実際に話すことは稀であり、普段はテレパシーのような「心の声」でコミュニケーションを取っているからだ。
「ありがとう。でも社長も大変でしょうから、無理しないでください。いつものように、サイコパワーでお話ししていただいても大丈夫ですから」
Aは冗談交じりに言った。
「サイコパワーって……。まあ、わかりました。そうさせてもらいます」
ショコラはそう言うと、再び静かに目を閉じた。すると、次の瞬間、Aの脳内にショコラの声が響き始めた。ショコラの力だ。眼前に彼女がいるのに、まるで頭の中で会話が行われているような不思議な感覚だった。
「では、改めて……。この会社、そしてお母さんの会社を救っていただき、本当にありがとうございました」
「株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び、ですね」
Aは思わず微笑んで言った。長ったらしい社名は、いつも少し笑いを誘う。
「ちょっと、その名前……私も恥ずかしいんですから。お母さんがワインを飲みながら、水晶玉を使ってノリでつけたんですよ」
ショコラは少し頬を赤らめながら言う。
「ごめんごめん。続けてください、社長」
Aは笑いながら促した。
「もう……。ええと、あなたの活躍のおかげで、悪の影は去りました。なんとお礼を言うべきか……この御恩、山よりも高く、海よりも深し。この御恩、何に変えてでも……」
ショコラの言い回しが、どこか古風で不思議なものだったので、Aは笑いそうになったが、なんとかこらえた。彼女はバニラの幻術で見せてきたような古風なしゃべりしか知らないのだろう。それにしても、ショコラが一生懸命な様子を見ると、妙に愛らしい。
「そんな大げさなお礼はいらないんですよ、社長。俺は、過去を変えられないと思って失意の中でこの会社に来たんです。だから、自分なりにうまくやれただけです。それが俺にとっての禊なんです」
「禊……」
「そうです。俺には部下がいたんです。以前やっていた会社の汚いオフィスで、一緒に泊まり込みで頑張ってくれていたBという部下。そして、面倒な経理関係を全部押し付けても文句も言わずにこなしてくれていたアルバイトのC。2人には本当に迷惑をかけました」
「後悔しているんですか?」
「そりゃあ、してますとも」
Aの言葉には、過去への深い後悔が込められていた。あの頃、自分はどうしようもなかった。高山に無理やり関東まで営業に行かされて、鈍行列車の中でずっとそのことを考えていた。
そのとき、ショコラはふと目を開けた。彼女の鋭い視線がAに突き刺さる。まるでその目がAの心を見透かしているかのようだった。
「もし、あなたがその2人に会えるとしたら、会いに行きますか?」
突然の問いかけに、Aの背筋を冷たい何かが這い回る感覚が走り抜けた。ショコラの言葉には重みがあり、Aはすぐに答えることができなかった。
しばらくの沈黙が流れる。Aは、この答えが自分の運命を大きく左右することを直感していた。
意を決して、Aは口を開いた。
「それって、どういう意味ですか?」
「私があなたに与えた力と、私自身の力を合わせれば……あなたは1年よりも前の過去にジャンプできるはずです」
ショコラの言葉は、Aの頭を混乱させた。しかし、彼女の表情は真剣そのもので、冗談ではないことが伝わってくる。
「本当に……そんなことができるんですか?」
「はい。ただ……その代わり、もうこの時間軸には戻ってこれません。その覚悟はありますか?」
Aの脳裏に、今の会社での出来事が次々と浮かんでは消えていった。
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