ep.34 会社が潰れたら、僕たちはどうなるんですか?
12月の冷たい風が吹く博田の街で、中村はA、新崎、佐竹を古びた喫茶店に招き、重大な話を持ちかける。彼はストライキを計画しており、高山の搾取に対抗するため、労働条件の改善を目指している。中村は元工場長であり、労働者の権利に詳しいが、Aたちはストライキに対して不安を感じる。新崎と佐竹も戸惑いを隠せず、会社に残れるかや将来の不安を語るが、中村は労働者の権利を守るために必要な行動だと主張する。Aは中村の情熱を感じつつ、難しい決断に直面している。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
コーヒーの香りが静かに漂う喫茶店の一角で、中村は淡々と話を続けていた。彼の冷静で整然とした言葉が、A、新崎、佐竹の心に次々と波紋を広げていく。
「高山さん、よく『お前ら、そんなことならもう会社に来なくていい』なんて言うことがありますよね。あれを逆手に取るんです。全員で『わかりました』と言って帰るんです。」
その瞬間、テーブルの空気が凍りついた。新崎は目を見開き、驚きの声をあげた。「え、全員で? それ、マジでやるんですか~?」
中村は表情を崩さず、まるで予定通りの展開であるかのようにうなずいた。「そうです。そして、その帰宅命令を受けたと主張するんです。もちろん、その足で私は労基署に向かいます。実はもう、匿名で労基署に話を持ち込んでいます。すぐに動いてくれるでしょう。」
Aも驚きを隠せなかった。労働基準監督署が本当に動けば、会社は確実にダメージを受ける。立ち入り調査が実施されれば、以下のようなことが起こる可能性がある。調査の通知が届き、監督官が現場に訪れ、タイムカードや給与明細、労働契約書などが精査される。労働者への直接の聞き取りも行われ、これによって証言が集まり、会社側の違法行為が明らかになるかもしれない。
中村は続ける。「その後は再調査もあります。会社が是正措置を実行しなければ、罰則が課され、最悪の場合、会社や高山さんが送検されることだってある。信用を失えば、会社は立ち直れません。」
Aはその話に心を奪われつつも、どこか不安を感じていた。確かに中村の計画には論理が通っている。だが、実際に会社がそのような状況に追い込まれたら、一体どうなるのだろうか?自分たちが働いている場所が消えてしまうかもしれない。
「皆さんは、業務委託という契約の形で働いていますが、実際には時間も管理され、上司の指示に従って働いている。これは偽装請負という違法行為です。」
新崎は眉をひそめて尋ねた。「それってどういうこと?」
中村は穏やかに答えた。「つまり、私たちは実質的には社員扱いされているわけです。そして、もしこの計画がうまくいけば、社員としての権利を主張できる。つまり、社員なのに帰宅命令を受けたわけだから、その期間は給料をもらいながら会社を休むことができるんです。」
「え、マジ!?それ、めっちゃよくない?」新崎はその話に早くも浮かれていた。明るくて無思考なギャル風の彼女も、会社に対する不満を長い間溜め込んでいたのだろう。
佐竹もその話に賛同した。「ということは、過去の残業代も請求できるってことですか?」
中村はうなずき、「もちろん」と答えた。彼の冷静な語り口に、周囲の空気は次第に変わり始めた。誰もが胸に秘めていた会社への鬱憤が一気に噴き出し始めたのだ。
だが、Aだけは心の中で違和感を覚えていた。確かに、高山の横暴さは目に余るものがある。しかし、この計画が本当に成功した場合、会社そのものが潰れてしまうかもしれない。それで本当にいいのだろうか?Aの胸には、疑念が渦巻いていた。
「中村さん……もし、この計画が成功して会社が潰れたら、僕たちはどうなるんですか?」Aは絞り出すように問いかけた。
中村はAの言葉に一瞬目を光らせると、優しい表情に変わり、「その不安、よくわかります。もちろん、何もかもがうまくいくわけではありません。でも、もし会社が潰れてしまったら、その時はその時です。私たちで新しい会社を作ればいいだけです。」
その言葉に、Aはさらに迷いを深めた。中村は笑顔を浮かべていたが、その裏には確固たる覚悟が見え隠れしていた。Aは心が揺れ動く。中村の言葉は理屈が通っているが、それでも何かが引っかかっていた。
翌日。
Aはほとんど眠れないまま出社した。職場に着くと、いつも通り高山が目に入った。高山は苛立った様子で、「ぼさっとしてんな、殺すぞ」と吐き捨てるように言い、足早に去っていった。
Aはその言葉にイライラしつつも、果たして高山を騙し討ちのような形で陥れていいものかと、葛藤を抱えていた。その時、背後から聞こえた声があった。
「おはようございます。」
振り返ると、そこには中村がにんまりと微笑んで立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます