ep.33 そんなことやって大丈夫なの~?

A、中村、新崎、佐竹の4人はブラック企業のオフィスで昼食をとっていた。デスクで弁当を広げながら、新崎がギャルらしい軽い口調で中村の謙虚さを指摘し、元工場長であるにもかかわらずなぜ威張らないのか尋ねる。佐竹も弱々しく同意し、中村は控えめに、前職で学んだことを活かしているだけだと答える。その謙虚さにAは感心するが、そこにパワハラ気質のマネージャー高山が現れ、中村が裏で何か不正を企んでいると告げる。Aは驚くが、目の前の中村の様子を見て「まさか」と自分に言い聞かせる。

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12月の冷たい風が吹きつける博田の街は、冬の寒さが一層厳しさを増していた。駅前には色とりどりのクリスマスイルミネーションが飾られ、通りを歩く人々の顔には一瞬だけ温かな光が映り込む。




「大事な話があるんです」




そういって中村が選んだ喫茶店は、古びた木造の建物で、どこか懐かしさを感じさせる純喫茶だった。昼間にも関わらず、店内は薄暗く、サボりの営業マンか、常連の年配客しかいない。テーブルに置かれたコーヒーカップからは湯気が立ち上り、その香りが静かな空間に広がる。




A、新崎、佐竹、そして中村の4人は一つのテーブルを囲み、緊張した面持ちで沈黙を守っていた。特に中村が何を言い出すのか、誰もが息を詰めて待っている。その静寂を破ったのは、中村の低い、しかし力強い声だった。




「実は、ストライキを起こそうと思うんです」




その一言が、テーブルを囲む全員を驚愕させた。Aは、一瞬何を言われたのか理解できず、ただ目を見開いて中村の顔を見つめた。そして、ふと頭に浮かんだのは、あの高山が言っていた不安の言葉だった。「あいつ、ヤバいんじゃないか?」と高山は言っていたが、まさかこんな形でそれが現れるとは。




「高山さんたちに搾取され続けるのはもう限界です。私たちの労働条件を改善するためには、ストライキが必要だと思うんです」




中村は静かな口調でそう言った。彼の言葉は、長年の経験に裏打ちされたものなのだろう。元工場長という肩書きからもわかるように、彼は労働環境の改善や労働者の権利を守ることに関して熟知しているのだとAは思った。




「いや、ちょっと待ってくださいよ」と最初に反応したのは、新崎だった。彼女はギャル風のファッションに身を包みながらも、その表情には不安が隠せなかった。「ストライキなんて、なんだか怖いじゃん。私たち、そんなことやって大丈夫なの~?」




佐竹もその言葉に同調する。「そうですよね…。ストライキなんて聞いたことあるけど、本当にやっていいのか不安です」




Aもまた、中村の提案に戸惑いを感じていた。「そんなことして、会社にまだいられるんですか?」と、心配そうに問いかける。




Aは冷静に、ストライキが企業に与える影響について考えていた。ストライキが行われれば、会社の業務が停止し、売上が減少する可能性がある。それに伴い、顧客の信頼を損なう危険性もあるし、労使関係が悪化すれば、職場の雰囲気も悪くなるだろう。




しかし、中村は動じなかった。「大丈夫です。これは僕たち労働者の権利です。高山さんのような上司にこれ以上搾取されるわけにはいきません」




Aはさらに追及した。「でも、僕たちは個人事業主として業務委託で働いているんですよ。労働組合に加入していないし、そんなことできる立場じゃないでしょう?」




それに対しても、中村は冷静だった。「確かに、僕らは個人事業主という立場ですが、それでも高山さんの横暴を見過ごすわけにはいきません。彼を静かに黙らせる方法があるんです」




Aはその言葉に驚きつつも、どこか不安な気持ちを抱えたままだった。中村の表情は、静かで落ち着いていたが、その奥には何か燃えるような情熱が宿っているように見えた。何か大きな決断をしようとしているのだろう、とAは感じた。




静かにすすむ会話の中、新崎と佐竹はなおも不安を隠せない様子だった。新崎は「でも、もしうまくいかなかったらどうするんですか?」と尋ねる。彼女の声には、明らかな不安と恐れがにじんでいた。佐竹もまた「僕たちがこんなことをして、将来がどうなるか心配です」と小さな声でつぶやいた。




中村はそんな二人を見つめ、穏やかに答えた。「皆さんの気持ちはよくわかります。でも、これ以上高山さんのような人に支配され続けるのは間違っていますよ。対等な立場で彼らと話をするべきなんです」




Aはその言葉を聞きながら、中村の確固たる信念に触れているような気がした。高山が何か裏で企んでいるかもしれないと疑っていたが、今ここで目の前にいる中村が、そんな悪事を働くような人間には見えなかった。むしろ、彼は正義感に満ち、仲間たちのために行動を起こそうとしているのだ。




「難しいな……」とAは心の中で思った。そして、決断の時が近づいていることを感じた。

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