ep.25 変化

Aは佐竹から「無理です」との返信を受け取るが、諦めることなく再度説得を試みた。Aは佐竹に「君のスキルは自分で決めるものではなく、チームとして適性を生かすのが自分たちの役割だ」と伝え、営業の裏方作業を提案する。佐竹は最初は疑念を抱くものの、最終的には了承し事務作業に取り組むことに。佐竹の働きでチームは効率化し、売上も急上昇。Aは、佐竹が自信を取り戻し、チーム全体が成功に向けて動き出したことに満足する。

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佐竹が裏方業務に取り組み始めてから数週間が経過した。その間、彼はチームの営業活動を陰から支える存在となり、目立たないが着実に成果を上げ続けていた。購買促進メールの送信、顧客管理の徹底、アポイントメントの調整。どれも地味で根気のいる仕事だったが、佐竹はその作業を一つひとつ確実にこなしていった。




彼がこれほど効率的に事務作業を進めるとは、Aも思っていなかった。「佐竹が活躍する場を見つけた」と気づいたのは、チーム全体の営業成績が向上し始めた時だった。几帳面ではない彼は、最初は細かい作業でミスを犯すことも多かった。顧客リストの管理や、メールの送信先を間違えたり、納期の計算で誤りが出たりと、トラブルがやや多かった。しかし、Aの指導やアドバイスを受けるうちに、次第に彼のミスは減り、効率的に仕事をこなせるようになっていった。




それでも、佐竹は最初の頃、半信半疑だった。自分にできる仕事は限られていると思い込んでいたし、Aからの頼みもただの形式的なものだと思っていた。だが、結果は違った。メールを送った見込み客から次々と反応があり、彼の手配したアポイントメントがチーム全体の売上向上に貢献するようになっていた。




「君、やるじゃん」と、ギャル営業マンである新崎は冗談まじりに佐竹を称賛した。彼女はいつも表面では軽く接していたが、内心では佐竹の成長を驚きをもって受け止めていた。「こいつ、本当に使えない奴だと思ってたのに、こんなにチームに役立つなんてね」と、彼女は周囲に漏らしていたが、心の奥底では、自分の立場が脅かされるかもしれないという一抹の不安があった。営業成績がトップの彼女にとって、佐竹の裏方での活躍は歓迎すべきことだったが、同時に「自分だけがチームを引っ張っている」という自負が少し揺らいだのだ。




一方、Aも佐竹の成長を目の当たりにして、自分のリーダーシップについて考え直す機会を得た。かつて、Aは売上至上主義に取りつかれ、部下のBやCを単なる駒のように扱っていた。二人の適性や個々の力を引き出すことよりも、売上を上げるために彼らを動かしていた結果、彼らはAの元を去った。その失敗が今でも彼の胸には重くのしかかっている。




「全員の活躍を引き出すのが、本当のリーダーシップだ」。佐竹の成長を見て、Aはそう確信した。彼は過去の自分の過ちを反省し、部下たちをどのようにサポートすべきかを考え直す。売上だけを追求するのではなく、個々の力を最大限に引き出し、チームとしての総合力を高めることが大事だと気づいたのだ。




そして、佐竹自身もまた、変化していた。裏方での業務をこなすうちに、彼の自信は少しずつ戻り始めていた。かつては「自分には何もできない」と思い込んでいたが、今では「自分にもチームの役に立つことができる」と実感していた。そうして、彼は自ら新しい業務に挑戦したいとAに申し出るようになった。




「Aさん、次は営業の補佐をやってみたいです」。佐竹は、これまで避けていた営業に少しでも関わりたいと考えるようになったのだ。人と話すのが得意ではない佐竹にとって、顧客との直接的なやり取りは依然としてハードルが高いが、メールでの対応やアポイントメントのフォローアップなら挑戦できるという自信が芽生えていた。




Aはその申し出を喜んで受け入れた。佐竹に新しい業務を任せることで、彼の成長をさらに促進しようと考えたのだ。「君がそう思えるようになったこと自体が、素晴らしい進歩だよ。無理せず、少しずつやってみよう」。Aは佐竹に励ましの言葉をかけながら、彼をサポートしていく覚悟を決めた。




新崎もまた、佐竹の成長を見守る中で、自分自身のあり方に向き合う時が来た。表向きは常に余裕を見せ、ギャルらしい軽快な態度で周囲と接していた彼女だが、内心では自分の仕事に対するプレッシャーを抱えていた。「私がいなければ、このチームは回らない」という強い責任感と、それに伴う重圧が、彼女の心を蝕んでいたのだ。




しかし、佐竹が裏方でチームを支える姿を見て、彼女は少しずつその重荷を手放すことができるようになった。「自分一人で全部を抱え込む必要はないんだ」と、彼女は気づいた。チーム全体が協力し合うことで、より大きな成果を生むことができる。Aとの対話を通じて、彼女は自分のスキルをさらに磨き、より高い目標に向かって進む決意を固めた。




こうして、佐竹の成長、Aのリーダーシップの変化、新崎の葛藤と成長が交錯しながら、チーム全体が新しいステージへと向かって歩み始めるのだった。




佐竹とAは、ある日オフィスで採用について話し合っていた。チームの成長に伴い、業務量が増えてきたため、人手が必要だと感じていたのだ。しかし、そこで一つの大きな問題が浮上する。自社は紛れもないブラック企業だった。




「ひ、人、採用したいよね…?」佐竹が、か細い声で言った。しかし、その言葉が口に出た瞬間、眉をひそめた。「で、でもさ…俺たちみたいなブラック企業に、誰が…来てくれるんだろう…」




Aもまた、苦笑いを浮かべた。「そうだな…確かに、この状況で採用するのは難しいかもな。入ってくれたとしても、すぐ辞めちゃうかもしれないし…そもそも、本当に採用していいのかって考えると…倫理的にどうなのかって、悩むよな…」




彼らの頭に浮かんだのは、ブラック企業に特有の採用手法だった。人手が足りないからといって、その手法に頼ることが果たして正しいのか。いや、短期的には役立つかもしれないが、長期的に見れば大きなリスクを伴うことは明白だった。




「ブラック企業がよくやる手法ってさ、まずはポジティブなイメージで会社を売り込むことだよな。『若手でもすぐに活躍できる』とか『自由で成長できる環境』とか、魅力的なフレーズを並べてさ…でも、実際はそんなの真っ赤な嘘なんだよ…」Aが冷静に状況を整理し始めた。




「そ、そうだよね…それに、面接でやたらと夢を見させて、期待させることもあるよね…『昇進の機会が豊富』とか『リーダーになれる』とか…でも、そ、それって大抵、現実とはかけ離れてるんじゃ…」佐竹が、遠慮がちに言葉をつけ加えた。




Aは首を振りながら言った。「確かにな。夢や希望を持たせること自体は悪くないけど、現実とあまりにも違うことを言って、後から後悔させるのはフェアじゃないよな」




「それにさ、応募条件を緩めるのもよくあるよね…『未経験歓迎』とか『学歴不問』とかで幅広い人を集めてさ…でも、結局入ってみたら、厳しい労働条件に押しつぶされることになるんだよ…しかも、研修期間とか試用期間が不透明で、気づいたら地獄みたいな労働をしてる…」




佐竹の言葉に、Aは深く頷いた。「まさにそうだ。特に若者や未経験者がターゲットになりがちだよな。彼らは労働法に詳しくないし、経験も浅いから、何でも言いなりになっちゃう。でも、そんなことをしても長続きしないし、結局企業の評判も落ちるだけだ」




「う、うちも、そういう手法で人を採用するの…?」佐竹が恐る恐る尋ねた。




「いや、やるべきじゃないな。確かに人手は必要だけど、そうやって採用した人がすぐに辞めてしまったら意味がない。何より、長期的に見れば自分たちが苦しむことになる。ブラック企業としての悪評は広まるし、会社の存続だって危うくなるさ」




佐竹は少しほっとした表情を浮かべた。「そ、そうだよね…結局、無理やり人を集めても、何もいいことないよね…」




「そうだ。それに、もし採用するとしても、ちゃんとしたやり方でやらないといけない。できないなら、採用しない方がいい。俺たちが改善しない限り、誰を採用しても不幸になるだけだ」Aは真剣な表情で言った。




その言葉に、佐竹はしっかりと頷いた。彼もまた、ブラック企業の現実を改めて直視し、自分たちがどう変わるべきかを考え始めたのだった。

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