ep.23 やり直すチャンス

Aは業務中に居眠りをしてしまい、佐竹に起こされる。佐竹に対して指導を始めるが、彼のやる気のなさに苛立ちを感じるA。しかし、感情的になるのをぐっと抑え、佐竹をビルの屋上に連れ出して心情を打ち明けた。Aも仕事が辛いと正直に語り、二人は共感し合う。それ以降、Aと佐竹はペアで業務をこなし、互いに苦手な部分を補完し合うようになる。順調に進んでいた矢先、上司の高山が突然佐竹を殴り、その翌日佐竹は姿を消してしまう。Aは自分の改善方法に疑問を抱き、空を見上げて呆然とする。

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Aは久々に佐竹のいない1日を過ごした。いつもなら佐竹と共に業務を進めている時間だったが、今日は違った。今日は佐竹と再会することができない。それがAにとっては、なんとも言えない気持ち悪い雰囲気を作り出していた。




佐竹がいなくなって感じるのは、まるで何かをやり遂げられなかったかのような未達成感。それがAの胸にずっしりと重くのしかかっていた。Aはそのモヤモヤした感覚に苛立ちを覚えながら、机に座り、業務に集中しようと試みる。しかし、頭の中は佐竹のことばかりだ。




そんな時、新崎がAの元にやってきた。新崎はいつもの軽い調子でAをからかってくる。




「Aちゃん、結局あいつ無理だったじゃん?マジウケるんだけど〜。あんだけ頑張っても、あの佐竹ってほんとダメダメじゃん!」




新崎は鼻で笑いながら言う。Aは薄笑いでそれをかわしつつも、心の中で何かが引っかかっていた。確かに、佐竹は期待通りに動けなかったかもしれないが、彼が本当に「ダメなやつ」だったのか……Aは腑に落ちない思いを抱いていた。




その日の夕方、高山がオフィスに現れた。佐竹がいなくなったことに気にも留めず、淡々とした口調で言い放った。




「目標売上は変わらないからな。佐竹がいなくても、2倍の売上を目指せよ。」




佐竹の売上は確かに微々たるもので、彼一人いなくてもそこまで大きな損失ではない。しかし、3人でやっていた仕事が2人になるとなると、物理的な負担は無視できない。Aは眉をひそめながらも、どうにかしようと自分を奮い立たせた。




「しょうがない、新崎にもう少し頑張ってもらおう」とAは考え、新崎のテコ入れを試みる。しかし、新崎はそんなAの意図を軽く受け流す。




「えー、別にいいじゃん?アタシ売れてるし、なんでわざわざ変わらなきゃならないの?ってか、Aちゃんさ、もっと気楽にいこうよ〜」




新崎は呑気に言い放つ。Aは内心ため息をつきながらも、彼女の言う通りにできない現実を痛感していた。新崎は確かに売れている。しかし、それだけでは目標を達成するには不十分だ。Aは新崎のやる気のない態度にまたも苛立ちを覚えるが、無理強いしても状況は改善しないことを理解していた。




高山が再び詰めてくる。「あと一ヶ月で売上を2倍にしろよ」と。新崎は「はーい」と返事をするだけで、特に危機感を感じている様子はない。一方、Aは焦燥感に駆られていた。




「どうすれば売上を2倍にできる……?」Aはうんうんと唸りながら、売上アップの方法を考え始めた。頭の中に浮かんだいくつかのアイデアをノートに書き連ねていく。




まずは新規顧客の獲得に向けた施策だ。キャンペーンを打ち出し、割引やプレゼントを提供する。SNSやSEO対策を強化し、集客力を高めることも重要だ。さらに、他社とのコラボレーションを通じて、これまでアプローチできなかった顧客層を取り込むことができるだろう。紹介キャンペーンも効果的だろうと考えた。




既存顧客に対しては、リピート購入を促すためのメールマガジンやダイレクトメールを送ることが有効だ。Aは、顧客一人ひとりに合わせた商品やサービスの提案を行い、満足度を向上させることで、長期的な関係を築くことができると信じていた。さらに、顧客満足度調査を実施し、ニーズをしっかりと把握することも重要だ。




続いて客単価の向上だ。商品やサービスの付加価値を向上させ、価格改定を行う。また、セット販売やアップセルを活用し、高単価商品を積極的に売り込むことも考えた。季節限定商品や数量限定商品を扱い、顧客の購買意欲を刺激することが、売上を底上げするカギだろう。




そして、リピート回数の増加を狙った施策として、顧客満足度の向上が必要だ。迅速な対応や親切な接客はもちろん、ポイント制度や会員制プログラムを導入することで、顧客のロイヤリティを高めることができるだろう。




Aはノートにびっしりと書き込んだ施策を見て、ひとつひとつ確認した。新規顧客の獲得から既存顧客へのアプローチ、客単価の向上に至るまで、全ての角度から売上を伸ばすための戦略を練り上げた。


その時、新崎がAのノートを覗き込み、目を輝かせた。




「え、Aちゃん、これめっちゃすごくない?アタシも頑張っちゃおっかな〜!」




一応、ちょっと前は社長だったからな。そう言いかけてAは口をつぐんだ。この組織では、自分は下っ端なのだ。




「すご〜!」新崎は楽しげに言いながら、Aの背中を軽く叩いた。Aは少し驚きつつも、彼女の言葉に少し救われる気持ちがした。




「……まぁ、一緒に頑張ろうか」




Aはそう言って、軽く笑った。そして、再び佐竹のことを思い出す。もし、彼もこの場にいたら……少しだけ、やり直すチャンスが欲しかった。




Aはデスクに肘をつき、深く考え込んでいた。この現実を自力で打開するしかない。しかし、ふと気がつくと、Aはいつの間にか売上2倍計画の中に佐竹の存在を織り交ぜて考えていた。




佐竹は話し下手で、不器用なところがあったが、それでもAは何かしら彼にできることがあるのではないかと思っていた。彼もまた、チームの一員として役立てるはずだ――そんな考えが頭をよぎる。




Aはぼんやりと、Aスクール時代のことを思い出した。当時、Aは部下だったBとCを自分の思い通りに動かしてきた。全員の活躍なんて考えず、ただ売上を上げるために彼らを配役し、指示していた。それだけを目的にしていたからこそ、最終的に2人はAから離れていったのかもしれない。




その過去の経験が、今の佐竹との関係にも何かしら影響を与えているのだろうか。Aはそんな自問をしながら、ふと手元にあったスマホに目を落とした。そして何となく、佐竹の名前を検索窓に打ち込んでみた。




「佐竹……」




軽い気持ちでググってみた佐竹の名前が、すぐに検索結果のトップに現れた。SNSのプロフィールが表示され、そこには佐竹の名前とアイコンとして彼の後ろ姿と思わしき写真があった。Aは一瞬、心臓が跳ね上がったように感じた。




「これだ!」




Aは無意識に声を上げると、すぐさま自分のSNSアカウントにログインした。佐竹は実名でSNSをやっていたのだ。驚きつつも、Aはメッセージを送ることに決めた。これが、佐竹とのつながりを取り戻す唯一の手段かもしれない。




「佐竹、元気か?突然だけど、今チームに君が必要なんだ。君の力がないとこの先が厳しい。正直、頼むよ」




そうメッセージを送信したが、時間が経っても「既読」だけがつき、返信はなかった。Aはしばらくその既読マークを見つめたまま、虚しさを感じた。いつもなら冷静でいるAも、この時ばかりは焦りがにじみ出ていた。




再び、メッセージの画面を見つめながら、Aは思い切ってもう一度メッセージを打ち始めた。今回は佐竹に共感する内容を心掛け、彼の気持ちを理解しようとする言葉を選んだ。




「佐竹、君が苦しんでいたのは分かってる。僕たちはチームであり、君の役割も大切だと思っている。今まで強引に物事を進めてきたこと、悪かった。でも、君も一緒に成功を分かち合いたいんだ」




そして、Aは自分の考えを書き連ねたノートを写真に撮り、佐竹に送った。ノートの中には、売上アップの施策が綿密に記されていたが、その中には佐竹の役割も明確に書き込まれていた。




「佐竹の活躍も、このチームには必要だ」




Aはその箇所を赤丸で囲み、画像編集をして強調して送った。これで佐竹に自分の思いが伝わることを期待していた。どれほど待ったか分からないが、しばらくすると、Aのスマホが震えた。

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