ep.6今日の私は昨日の社長としての私とは違うから

大福県の中心地、博田駅から歩いて5分。そこに面接場所はあった。株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び。株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び……。信じられないほど覚えにくい社名をつぶやきながらAはエレベーターに乗る。




Aは、胸の中に1%の期待とその他大勢の不安が交錯するのを感じながら、ゆっくりとの扉を開けた。ここは、街の中心から少し外れた古びたビルの一室であり、外観はどこか時代遅れでありながらも、不思議な魅力を放っていた。長い年月を感じさせる石造り(壁紙)の壁と、磨りガラスの窓から差し込む薄明かりが、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。Aは、足元のカーペットがわずかに沈むのを感じながら、受付へと向かった。




受付カウンターの上には、年代物のベルが置かれており、その横には「ご用の方はお呼びください」と手書きのメモがあった。Aは緊張しながら、その小さなベルを鳴らした。すると、奥からふわりと漂ってきたのは、甘い香りとともに、静かな足音だった。受付に現れたのは、年配の女性で、その落ち着いた微笑みがAの緊張を少し和らげた。




「お名前をお聞かせいただけますか?」




Aは名乗り、女性は穏やかな声で「お待ちしておりました」と言うと、部屋の奥へとAを案内した。


廊下を進んだ先にあったのは、重厚な木製プリントの扉だった。扉の表面には古い模様プリントが彫り込まれており、その模様はどこか異国の風景を思わせるものだった。女性がノックをすると、中から「お入りなさい」という穏やかな声が聞こえてきた。Aは深呼吸をして、ドアノブに手をかけた。




ドアが静かに開いた瞬間、Aの目に飛び込んできたのは、まったく予想外の光景だった。部屋の中央には、色とりどりのタロットカードが乱雑に広がり、そのそばには、透明な水晶球がいくつも並んでいた。そして、その中央に座っていたのは、派手なドレスに身を包んだ、道玄坂バニラという名の女性だった。




彼女は大きなサングラスをかけ、その背後には、まるで祭壇のように並べられた不思議なアイテムたちがあった。バニラの姿は、まるで異世界からやって来た女王のようで、その圧倒的な存在感にAは思わず息を呑んだ。




「ようこそ、Aさん。あなたは、私のところに来る運命だったのよ」




その言葉を聞いた瞬間、Aは困惑しながらも苦笑せざるを得なかった。面接の際に感じた奇妙な雰囲気が、今この瞬間にも色濃く漂っており、現実感が次第に薄れていくのを感じた。




「マ……えっ、どういうことですか?」




Aは思わず問いかけたが、バニラは微笑を浮かべたまま答えた。




「あなたの魂は、この会社で試練を乗り越えるために生まれてきたのよ。ここで経験することが、あなたを大きく成長させるのです」




バニラの声は穏やかでありながら、どこか神秘的な響きを持っていた。Aはその言葉に半信半疑ながらも、どこか引き寄せられるような感覚を覚えた。




「社長さん……ですよね?」




「ええ……そう。確かにそうでもあるし、そうでもない」




あなた、シュレディンガーのババアですか?そうですか。そうだと思ったんですよね。声に出さずにAはつぶやいた。




「昨日はそうだったかもしれないけど…今日の私は昨日の社長としての私とは違うから。今日の私はね、まだ社長としてのフレグランスがかかっていないの」




「そうなんですね。すっごいですねー」




まず、面接で最初に行われたのは自己紹介だったが、これも普通のものではなかった。




「あなたの前世は何だと思いますか?」




「もし、あなたが動物だったら、どんな声で鳴き、何を思いますか?」




といった、哲学的かつ抽象的な質問が飛び交った。




続けて会社の理念の説明が行われた。これもまた、普通の会社とは異なるもので、説明に使われた言葉は抽象的で、Aには理解し難いものばかりだった。「宇宙のエネルギーと共鳴し、無限の可能性を追求する」という言葉は、新興宗教の教義を思わせるような内容で、Aはその意味を掴みかねていたが、バニラは真剣な表情で避妊具のように薄くて透明な理念を紡いでいた。

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