ep.17 前はこんなに厳しくなかったみたいですよ。この会社
前回のあらすじ
入社後1ヶ月半がたった。Aはタイムリープの力を試し、その使用に1日1回しか制限があり、強い意志が必要だと理解する。ある日、会社の無機質な懇親会に参加しながらそのブラック企業性を感じる。さらに、社長である占い師バニラについて気になり、同僚の桃山に尋ねると、彼女は昨年亡くなったと言われる。しかし、Aは確かに面接でバニラに会い、彼女からタイムリープの力を授けられた。Aは混乱し、現実と自分の記憶の間で疑念を抱く。
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バニラがこの世にいなかった。この事実は激しい動揺を誘った。珍妙な占いババア。あの唐突に根性焼きを繰り出してくるババア。良い思い出はあまりなかった気もするが、その場にいたと思っていた人間が実は死んでいたというのはAにとってもちろん初めてのことだった。
「もしも……もしもなんだけど、俺がバニラさんと話していたって聞いたら信じる?」
「メチャクチャなことを言いますね。信じません。」
Aは桃山に話しかけるも、当然のごとく信じてもらえない。
「バニラさんが夢に出てきてさ、謎のスキルをくれたって言ったら……。」
「茶化すのはやめてください。それに、仏様の前でふざけたことを言うのは良くないと思います」
そうか。ごめん。Aは謝り、桃山と社長室を後にした。その時、振り返るように桃山は言った。
「そう言えば、バニラさんがいたときは雰囲気が結構違ったみたいですね。」
「えっ」
「前はこんなに厳しくなかったみたいですよ。この会社」
株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び、通称ブラック企業に入社してから、ついに2ヶ月が過ぎた。Aは、少しずつ自分の役割や業務内容について理解が深まってきた。初めての職場環境に戸惑いながらも、ようやく慣れつつある日々だ。
この企業で提供するサービスは「オンライン占い」だが、その仕事内容は単純なものではない。チャットを通じて、クライアントからの様々な悩み相談に対応する。恋愛、仕事、家族問題など、寄せられる相談の内容は多岐にわたる。クライアントは頼れるごんぶとの心の支えを求めているのだ。
占い師は、タロットカード、星占い、手相などの占術を駆使して、クライアントの現状を分析し、未来を予測する。そして、その結果に基づいてアドバイスを提供し、クライアントがどのように行動すべきかを導き出す。ちなみに株式会社光と闇(略)には5人の凄腕占い師がいる設定になっているが実のところ1人で回している。
そして、鑑定が終わると、占い師はクライアントとのやり取りや占い結果を詳細に記録する。これらの記録は、今後のクライアントとの関係を深め、的確なアドバイスを提供し続けるための重要なデータベースとなる。継続的な営業を続けていくのに必要なもので、顧客の普段は言えないあんなことやこんなことが詰まっている。とても流出なんてさせられない恐怖のファイルである。
ところで、Aの役割はもちろん占い師ではない。彼が担うのは、この一連の流れを円滑に進めるためのサポートの仕事だ。まず最初に、クライアントとの初回接点を作る役割がある。これが「無料占い」というサービスだ。クライアントは、最初は無料で占いを受けることができ、これが企業にとっての最初の「釣り餌」となる。
Aの肩書はカウンセラーだ。クライアントがこの無料占いを利用する際の面談を担当する。オンラインでの面談を通じて、クライアントのデータを探り、どのような悩みやニーズがあるのかを確認する。この段階で、クライアントが今後の有料サービスに興味を持つように仕向けることが重要で、Aは巧みに会話を進めなければならない。
「塾の無料体験授業と同じか」とAは思った。なんでも最初は無料にして顧客と会うのだ。そうしなければ始まらない。ただでさえ胡散臭いネット占いというサービスにいきなり大金を払ってくれるのはごくごくごく一部のもの好きだけだ。
無料の占いが終わった後、再びAの出番がやってくる。クライアントに対して、今後の有料サービスを受けるかどうかの選択を迫るのだ。この過程が巧妙に仕組まれていて、クライアントが心理的に「続けたい」と思わせるような言葉選びや誘導が求められる。ちなみにここで使われるトークが高山から渡された大量のWordファイルのプリントになる。
Aは、カウンセラーの肩書を持った実質営業マンという立場で、クライアントを有料契約に引き込むために奮闘しているのだ。
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