ep.14 むしろその状況を受け入れる方が良い

前回のあらすじ


Aは豪華なマダムの部屋で目を覚まし、かつて軽く流した会話で怒られた記憶が蘇る。その部屋は中世の宮殿を思わせる豪華な装飾と香水の香りに包まれていた。マダムに占いと災害について質問され、Aは無意識に以前の言葉を繰り返し、彼女を不機嫌にさせるが、バニラの声に導かれ、自らの意思で謝罪と改善策を述べる。結果、マダムの信頼を得たAは、未来を変えたことを実感し、部屋を後にする。

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Aは、自分が手に入れたタイムリープの力に驚愕していた。それは想像を超える力であり、過去に戻れるというのだから、その可能性に胸を躍らせるのは当然だった。しかし、その力をどう使うのか、具体的な方法についてはまるでわからない。彼は焦り、手っ取り早くその力を発現させる方法を模索した。そこで、意識的に強く集中し、下腹部に力を入れてみた。何かが変わるかもしれないと期待しながら、全身の力を込めて踏ん張ったが、何も起こらなかった。さらに、過去の痛みや失敗の記憶を揉みしだくようにして思い出し、感情を強く揺さぶろうと試みたが、それでもタイムリープの兆候は一向に現れなかった。




バニラは会社で水晶玉を転がしながら、この力を簡単に授けたのだろう。が、使い方については何一つ教えてくれなかった。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように、使い方もわからずに弄ってみるものの、どうにもならない苛立ちと焦燥感が彼を覆った。




その苛立ちを抱えながらも、Aには時間がなかった。青春18きっぷを手に入れた彼は、それが5日間しか使えないことを知っていた。限られた時間の中で、彼は最大限の成果を上げる必要があった。そこで、マダムの家を訪れる際には一切のミスを避け、慎重に行動することにした。そんな心構えで臨むうちに、Aは次第に顧客の声を聞き取る力が鋭敏になっていくことに気付いた。顧客の声に耳を傾け、慎重に対応することで、ヒアリング能力が飛躍的に向上したのだ。




そのようにして、彼は静岡県を後にし、ようやく関東に足を踏み入れた。白金や代官山といったエリアを次々と訪問し、順調に営業をこなしていった。しかし、最後の訪問先で彼を待ち受けていたのは、予想外の試練だった。その場所には、大仏のような風貌を持つマダムがいた。彼女は目を閉じたまま、何も言わず、まるで時間が止まったかのように静かに鎮座していた。Aはその異様な雰囲気に圧倒されつつも、なんとか話を進めようと試みたが、大仏マダムは一切反応を示さなかった。彼女はまるで岩のように、Aの言葉を全て無視し、自然体でその場に存在していた。




焦りが募るAは、ますます語気を強めていったが、事態は一向に好転しなかった。営業という仕事において、相手が全く話さないというのは極めて辛い状況だ。そのうち、執事が現れ、Aに対してお引き取りくださいと告げた。タイムオーバー。完全な失敗だった。強い後悔の念に駆られたその瞬間、Aは胸の傷跡が光り始めるのを感じた。




気がつくと、彼は再び大仏マダムの前に座っていた。まだ執事に追い出される前のタイミングに戻っていたのだ。これがタイムリープの力だと悟ったAは、今度こそどうするべきかを考えた。しかし、状況は変わらない。どうすることもできないという無力感に打ちひしがれながら、彼はついに諦めることを決意した。




「諦念」という言葉が頭をよぎる。何かを無理に変えようとするよりも、むしろその状況を受け入れる方が良いのではないかと考えた。そして、Aは自らも目を閉じ、静かに正座をしてその場に居座ることにした。手を腹の前で組み、心の中に太陽が輝いているかのようなイメージを抱いた。




時間がどれだけ経ったのか、正確にはわからなかったが、少なくとも30分、いや1時間以上は経過しただろう。その間、Aは何もせず、ただ静かに座っていた。そして、ついに大仏マダムが静かに微笑むのを感じた。彼女は床を軽く叩き、その音に慌てて執事がやってきた。




マダムは巨体に似合わず、スズメのように小さな声で「もう大丈夫」と言い、ゆっくりと立ち上がった。そして、彼女はAに感謝の意を述べたのだった。この瞬間、Aは自らの選択が間違っていなかったことを確信し、深い安堵の気持ちに包まれた。

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