第6話

「なに、してるの?」

 うずくまっていた優樹の耳に、高音の、かわいらしい声が聞こえた。

 優樹はチラリと頭を上げた。

 ──立っていたのは、しずくだった。


「キミ、いじめっ子?」

 しずく湊翔みなとを見つめ、どこかあどけなさを感じさせる表情で訊ねた。

 湊翔みなとは今までの威勢のよさが嘘のように、押し黙ると、くるりときびすを返し、去っていく。

「あ、逃げる──」

 しずくが言い終わる前に、優樹は慌てて立ち上がり、力を込めないように気をつけながら手でその口を塞ぐ。

「これ以上は、キミが怖い思いするから、もう大丈夫」

 優樹が制止すると、しずくは真っ直ぐに優樹のことを見つめた。

 すぐさま優樹はしずくの口から手を離し、「ごめん」と呟いた。

 ドクン、と優樹の心臓が脈打つ。

 初めて間近で見るしずくは、やはり現実離れした美しさだ。

 それに加え、見た目からは想像できない、大胆な行動力を備えていることを知った。

「──頭、打ってない?」

 しずくは優樹の後頭部に軽く手をあてた。

 無自覚であった恋心を伴う淡い憧れは、この瞬間、優樹の中で明確な恋愛感情に変化した。



          ◇



 しずくに引っ張られるようにして、近くの公園へと移動した二人は、ベンチに腰掛けた。

 

「神園高校を受験するの? 私もだよ!」

「えっ、ホントに!?」

「学校が終わってから塾が始まるまで時間あるから、いつもは学校の図書館で勉強してるんだけど、よかったらこれから一緒に勉強しない?」

 小鳥遊たかなししずくは人懐っこい性格らしい。

 初めて話して少ししか経っていないというのに、しずくはそんな提案をしたのだ。

「せっかく同じ高校を受験するんだったら、絶対一緒に合格したいもん!」

「え……ホントに……?」


 舞い上がりそうなほど、嬉しい反面、優樹にはしずくがこんな誘いをする理由が全く思い浮かばない。

 二人が受験する神園高校は偏差値が高く、スポーツの名門でもある。

 毎年、受験倍率が高い、難関校だ。ライバルになるということでもあるというのに、しずくはごく当たり前のように言った。


 ──いくらなんでも、難関である神園高校の受験者全員に言って回るわけではないと思うのだが。

 だからといって自分がしずくに他者よりも好意を向けられる理由など、ない。

 ──様々と思考を巡らせた後。そうか、と一つの心当たりに行き着く。彼女は人一倍、優しいのだ。

 いじめられている自分を見て、同情してくれたのだ。

 ──誰よりも格好つけたい相手に一番見られたくない姿をさらしてしまった。

 優樹はどうしようもなく、情けなくなった。

 ──いや、と優樹は考えなおす。

 例え、きっかけが同情だとしてもこれをチャンスだと捉えない手はない。

 彼女に自分のことを好きになってくれるしかないのだ。


「……ダメ?」

 しずくは優樹の返答がなかなかないことに、不安を感じたのだろう。

 眉を下げ、おずおずと聞いた。

「いや、ううん。一緒に勉強できるなら……僕からもお願いします」

 優樹は尻すぼみな返答をかろうじて返した。

「良かった!」

 しずくはパッと花が咲くように、笑った。

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