国民的女優は息子の相思相愛を許しません!

鹿島薫

第1話

 朝日は、春の穏やかさをまとった淡いオレンジ色のすじとなって、カーテンの隙間から流れこみ、リビングを照らしはじめる。

 吉良きら凜々花りりかは、長い髪を一つに束ね、手際良く二人分の朝食を作っていた。

 こだわって揃えた和食器に、それぞれさばの塩焼き、卵焼き、ほうれん草の白和え、最後に温かい白ご飯と、豆腐とワカメの味噌汁を盛り付け、テーブルに並べた。

 

 ──吉良きら凜々花りりかは女優だ。

 主演映画の撮影がクランクアップを迎え、今はまとまった休みを満喫している──とはいえ、凜々花りりかには15歳の息子、優樹がいる。

 毎日五時に起きて、栄養バランスを考えた、丁寧な朝食を作ることが、凜々花りりかの日課だ。

「おはよう」

 紺色のブレザーとグレーのスラックスの制服姿で凜々花りりかの一人息子・優樹はリビングに姿を現した。

 優樹の制服姿を凜々花りりかはまじまじと見つめる。

 今日は優樹の高校の入学式だ。

 新品の制服は、まだ優樹の身体に馴染んではおらず、動作に反して真っ直ぐに伸びようとするさまは、まるで着ているのではなく、制服に着られているようだ。凜々花りりかは思わずクスリと笑った。


 優樹の春休み中に、凜々花りりかは彼を美容院に連れて行き、目まで隠れていたボサボサの髪を、流行りのセンターパートにカットしてもらった。

「やっぱりそのヘアスタイル、素敵ね。それに、そこら辺の若手俳優より、よっぽどスタイルが良いしイケメンだわ! 新しい制服も、とっても似合っているわよ!」

 優樹は凜々花りりかからの称賛を、お世辞だと受け取ったのか、眉を下げ、苦笑しながらも「ありがとう」と応えた。


 ──朝食を食べ終えた後、新調したベージュのスーツに袖を通し、姿見で確認する。

「分かってる、今日も美しいわ!」

 凜々花りりかは鏡に映る自分を見てニッコリと微笑んだ。



          ◇



 ──美山高校の校門付近には、立派に咲き誇った桜の木が等間隔に並んでいる。

 入学式に参加する生徒や保護者はすぐに凜々花りりかのことに気づいた様子だ。

 時折、甲高い興奮したような声が聞こえてきたり、遠巻きに見つめる様子が凜々花りりかの視界の端に映る。

 校舎の玄関口に向かっている時だった。

「優樹くん!」

 後ろから、優樹に向かってとびきり明るい声が掛けられた。

小鳥遊たかなしさん」

 小鳥遊たかなし、と呼ばれた女子生徒は振り向いた優樹に対し、大きく口角を上げ、笑顔を浮かべた。

 パッと一瞬にして花が咲き誇るような、美しい笑顔だ。

 なんて可愛い子、と凜々花りりかは思った。

 ぱっちりとした大きな瞳はわずかに目尻にかけて上がっていて、愛らしさの中にもどこか凛々しさを感じさせる。

 背中まである髪は、少し茶色がかっていて、ふんわりとウェーブがかかっている。

「お人形さんみたいね……」

 思わず凜々花りりかは呟いた。

 そんな呟きが聞こえたかは定かではないが、その少女は凜々花りりかに視線を向ける。

 そして、「おはようございまーす!!」と、まるで小さい子どものように声を張り上げた。

「おはよう。あなた、優樹のお友達?」

「はい! 小鳥遊たかなししずくです!」

 しずくはペコリとお辞儀する。

「優樹くんとは塾が同じで、志望校も同じだったので、二人で勉強してたんです! だから、同じ学校に通えるのが、すっごく嬉しくて!」

 屈託くったくのない笑顔で話すしずくは、天真爛漫そのものだ。

 きっと、凜々花りりかが女優であり、色々なドラマや映画に出ていることは分かっているのだろうが、特に顔色や態度を変えることもない。



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