第21話 姉妹の願いとクリスマス


 ちらちらと灰色の空から雪が舞い落ちてくるのを、シリウスは窓際で見つめている。

 昨年まではジュリと二人きりで過ごしていたが、今年はエレナも一緒だ。

 ジュリに目を移すとなにやら機嫌が良さそうである。

 エレナの存在がもたらした影響にシリウスは嬉しそうにしっぽを振る。


「なんだかジュリ、嬉しそうだね。なにかいいことあったの?」


 ここ数日、ジュリはなんだかそわそわうきうきと落ち着かない様子なのだ。

 理由を考えてみたものの、一緒に過ごすエレナにも特に思い当たることはない。


「この時期だぞ、わかるだろう?」


 嬉しそうに頬を緩ませながら、胸を張るジュリにエレナもようやく気付く。

 この時期といえばあれがあるではないか。

 ぱあっと明るい表情に変わったエレナにジュリも頷く。

 そして、一緒に思い浮かんだことを口に出した。


「冬のための買い出しだね!」

「クリスマスだ!」


 共に口にしたものの、まったく異なる言葉である。

 なによりお互いにその言葉を知らないのだ。


「買い出し? なぜ?」

「冬になったら雪が降って、街に買いに行くのが大変になるでしょ? ジョーじいちゃんが犬ぞりを作ってくれるみたいだけど、備蓄はしておいたほうが安心だもの」

「犬ぞり!? 私は狼ですが!?」


 急に自分に関係が出てきたシリウスが抗議の声を上げる。

 ジュリはむぅと頬を膨らませる。

 

「今までは干した野菜や肉、鳥の卵でなんとかしてきたが、確かに街に行って買いだめて置けば安心ではあるか」

「そうでしょ! ……で、ジュリのさっきのはなに? くりすなんとかっていうの」

「し、知らないのか!? クリスマスだぞ!?」


 エレナの言葉に衝撃を受けるジュリだが、彼女の反応から本当に知らないのだとわかる。

 どうやら、リディルの街では一般的なことではないらしい。

 少々得意げにジュリはエレナにクリスマスの説明を始めた。


「クリスマスというのはだな、サンタクロウスという老人が一年良い子にしていた子どもに贈り物をくれるんだ! だが、この国までその老人は訪れることが難しいそうでな、魔女と私は互いに贈り物をし、ケーキや料理を食べたものだ」

「なにそれ! 楽しそう! それにケーキまであるの!?」


 エレナの反応にジュリは誇らしそうに頷く。

 どうやらクリスマスが楽しいものだということはエレナにも伝わったらしい。


「じゃあ、去年もしたの?」

「いや、魔女がいなくなってからはしていないな。エレナが来たし、クリスマスを祝えると思っていたんだが……どうやら一般的なものではないようだ」


 魔女がいなくなってからは縁がなかったクリスマスを、今年は祝えるものだとジュリは思っていた。

 しかし、そもそもリディルにはそのような風習はないのだ。

 肩を落とすジュリにエレナは微笑む。


「明日、街に買い出しに行こうよ。今の時期はね、船でいろんな国から買い付けに来たり、売りに来たりするから市場も賑わうんだ。きっと楽しいよ」

「そ、そうか。そうだな、よし、明日は買い出しに行こう!」


 自分には知らない楽しみがまだまだ外の世界には広がっているのだ。

 少々落ち込んでいたジュリだが、エレナの言葉に力強く頷くのだった。



*****

 

 

 翌日、街へと繰り出したジュリはその賑やかさに驚く。

 以前、足を運んだ時よりも人が多く、店の出も多いのだ。


「凄いな! こんなに人がいるなんて! 皆、なにをしにここに来たんだ?」

「ふふ、あたし達とおんなじよ。冬になる前に商船が売りに来るから、市場にもいろんな品物が届くの。それに冬は街になかなか降りて来られない他の地域の人もリディルに来るのよ」


 香ばしい匂いに甘い香り、じゅうじゅうと音を立てる肉を焼く屋台には人が集まる。もう既にさまざまなものを買い込んだエレナは、両腕に抱え込むように荷物を持つ。その裾をはぐれないようにぎゅっと掴んで、ジュリは辺りをきょろきょろ見回しながら歩いていく。

 すると物珍しさから、あちこちに目を向けるジュリに笑いながら歩いていたエレナは、反対側から歩いてきた誰かにぶつかってしまう。


「あ! す、すみません! あたし、前を見てな……マリーさん!?」

「あらあら、危ないわよ。おちびちゃん達」

 

 エレナがぶつかったのはリディルの街一番の酒場ロルマリタの歌姫マリーだ。

 髪にスカーフを巻き、買い物の包みを持った彼女はこちらを見て微笑む。


「私は背は小さいが、年齢はだな……」

「あーっ! マリーさん、そうだ。この子、ジュリって言うの。あたしが今、お仕事でお世話になってるんだよ!」

「あぁ、アレックスさんから聞いているわ。そうなの、この子が」


 実際の年齢を告げようとしたジュリを押さえて、エレナが紹介をする。

 ハーフエルフであることを隠す必要はないが、こんなに人の多い場所でわざわざ広める必要もないだろう。

 エレナの言葉にマリーは微笑んでジュリを見るが、彼女の方は不服そうに頬を膨らます。その様子にくすりとマリーは笑い、エレナはむうと困った表情になる。


「そうだわ。店に来ない? ここじゃあ、寒いわ。そこで話しましょうよ」

「う、うん、そうだね!」

「お、おい。私は行くとは言ってないぞ?」


 両手には抱えた荷物があり、混雑する人の多い道、そしてこの寒空の下だ。

 マリーの誘いにエレナはすぐに頷く。

 子ども扱いをされ、むくれるジュリだが、エレナの後ろを渋々ついて行くのだった。


 マリーが働く店ロルマリタに足を踏み入れたジュリは、先程までの勢いはどこへやら、きょろきょろと店内を見渡す。

 酒場はもちろん、店というものに入ったのがジュリは初めてなのだ。

 

「やぁ、エレナ。よく来たな。その子がジュリかい?」

「元気そうだね、アレックスさん。そう、この子が前に話してたジュリだよ。ジュリ、このお店の店長さんのアレックスさんだよ」


 アレックスと呼ばれた男はひげをたくわえた大柄な人物だ。

 がっしりとした腕と肩は酒場の主人にふさわしい印象だが、その茶色い瞳は存外に優しい。エレナとジュリに目線を合わせるようにかがむアレックスに、ジュリはわしゃわしゃと頭を撫でられる。

 子ども扱いするなと言うもなく、ぐしゃぐしゃになった髪を整え、ジュリは頬を膨らませる。

 

「いいか? アレックスさんにマリーさん、あなた方は私をハーフエルフだと知って……」

「うわぁ! お姫様だ!」

「本当だ! すごい、おひめさまだー!」


 ジュリの抗議の声はきゃあきゃあと言う小さな子どもの声にかき消され、おまけに飛び出してきたその子達にぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

 赤毛の二人の女の子はジュリに抱きつき、歓声を上げる。

 その勢いにジュリは目を瞬かせるばかりだ。


「アンバーもメイジーも落ち着いて! おちびちゃん達が困っているわ」

「ごめんね! 二人とも離れるんだ」


 アレックスによって引きはがされる二人の少女だが、キラキラとした目でジュリを見つめたままだ。

 

「だって、紫の瞳に綺麗な銀色の髪はきっとお姫様よ!」

「うん。こんなきれいな髪と目の人、私も見たことないもん!」

「お、お姫様? 綺麗……?」


 戸惑うジュリにくすくす笑いながら、エレナはアンバーとメイジ―にジュリとの関係性を説明をする。


「今ね、一緒に暮らしてお仕事をしてるんだよ。ジュリっていうの」

「えぇ! エレナ、お姫様とお友達なの? 凄い!」

「おひめさまのおうちに暮らしてるの!? じゃあ、お城? お城なの?」

「いや、古い家だぞ。魔女がだな……」

「魔女!? お姫様には魔女の知り合いがいるの? 凄い!」


 周りで盛り上がるアンバーとメイジ―の二人にジュリも丁寧に説明をしていく。

 その様子を眺めるエレナにアレックスは近付き、微笑む。


「テッドは元気にしているか?」

「うん! テッドもジョーじいちゃんも元気だよ」

「そうか、よかった。エレナも元気そうだな……それもあの子のおかげか」


 そう呟いてアレックスはジュリを見る。

 ハーフエルフの少女の元で仕事を始め、エレナの表情は以前よりも明るくなった。食事や賃金の不安がなくなったのはもちろんだが、なにより気を許せる相手と過ごす日々が大きいとアレックスは思っている。

 姉の子ども達であるアンバーとメイジーも引き取ったばかりの頃は、どこかぎこちない笑顔しか浮かべなかったのだ。

 

「いやぁ、信じるのも時には大事だな」


 視線を壁に移せば、『ジュリとエレナのお悩み相談所』と書かれた紙が貼られている。始めに見たとき、アレックスは慌ててジョーの元へと駆けこんだ。

 何か事件に巻き込まれては大変だと思ったのだ。

 しかし、そんな不安をよそにエレナの表情は明るい。

 わしゃわしゃとエレナの髪を撫で、アレックスは笑うのだった。



「そろそろ帰るね」

「えぇ、気をつけて。私はもう着替えなきゃ」

「エレナ、ちょっと待ってろ。野菜があるんだ」


 マリーは支度をしに二階へと上がり、アレックスは貯蔵室へと向かう。

 ジュリとエレナはアレックスが戻るのを待ち、立っていたのだが、その腕をぐいと引っ張る者がいる。

 アンバーとメイジ―だ。

 

「二人に相談したいことがあるの」


 子どもながらに真剣なその様子にジュリもエレナも不思議に思う。

 エレナはともかく、今日初めて出会ったジュリに相談とはどうしたことだろう。

 ブラウンの瞳はじっと二人を見つめている。


「私達の依頼を受けてほしいの!」

「……は?」


 突然の言葉にジュリとエレナは目を大きく開いて固まる。

 ぎゅっと握られた腕は小さく温かい。

 どうしたものかとジュリとエレナは視線を交わし、首を傾げるのだった。

 


 


 


 

 





 

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