第2話 ジュリの気付き
「力仕事の後のごはん、しみるー!!」
「…………そうか、よかったな……」
もぐもぐと元気に食事を口に運んでいく姿を驚きの眼差しでジュリは見つめる。
ジュリが驚いているのは、エレナの食欲にではない。
確かに少々食欲旺盛なエレナだが、それ自体は健康的で好もしいものだ。
だが、問題は彼女が終えた力仕事にある。
得意だと言ったその言葉を証明するかのように、エレナは薪を割り、体の小さいジュリでは運べない物も軽々と片付けた。
あいにく、魔道具はエレナも初めて見るものだったらしく故障したままである。
「美味しい、ずっとここで暮らしたくなるくらい美味しい……」
そんなエレナの言葉に、ジュリはびくりと肩を揺らす。
その反応にエレナは慌てて手をぶんぶんと振る。
「大丈夫だよ! 治ったらすぐに出ていくから」
「……当然だ」
しかし、その言葉とは裏腹になぜかジュリは寂しさも感じる。
誰かとこうして会話するのも、食事をするのも魔女と過ごしたあの時以来なのだ。
あれからどれ程の月日が経ったのだろう。
ハーフエルフであるジュリにとっては歳月はあまり意味を持たない。
しかし、エレナと出会った数日でジュリは時間というものを意識するようになっていた。
「あなたは私がハーフエルフでも平気なのか?」
「え、平気っていうか、お世話になってるし」
「……ハーフエルフは人でもなくエルフでもない半端者だ。魔力を持たず、人と同じ力しかないんだぞ。エルフからは嘲られ、人間からは利用される存在だ」
エレナの言動は自然なもので、ジュリが今まで考えていた人間の反応とは違っていた。人間はエルフやハーフエルフを利用するとジュリは考えている。
だが、そんな人間のイメージとエレナの様子はまったく異なっていた。
じっとジュリを見つめたエレナは、数度目を瞬かせた後、口を開く。
「そんなことないんじゃないかな。少なくとも私よりいろんなこと出来るし。自分のことがなんでも出来るのって凄いよ。あ、でも一人じゃないか……あの子も一緒だもんね」
そう言ったエレナの視線の先には狼が眠っている。
最近、この狼は寝ていることが増えた。齢を重ねたせいだろうとジュリは考えているが、そのことを少し不安に感じてもいる。
エレナの言う通り、ジュリがなんでも一人で出来るように魔女が教えてくれた。
生活に不自由を感じることもない。
だが、エレナがいなくなることにも、狼が年老いていくことにもジュリは強い孤独感を抱いている。
そんな自分にジュリは漠然とした不安を感じていた。
「あなたはどうなのだ?」
「あたし? うーん、そうだな。あたしは周りの人に助けて貰って生きて来たからなぁ」
先日、エレナは魔道具に詳しい者が面倒を見てくれたと話していたが、その言いぶりからすると家族ではないのだろう。
では、彼女の家族はどうしたのだろう。周囲の者が生活を助けているのだろうか。そもそも森の奥まで一人で来る理由はなんなのか。
そんな疑問がジュリの中に浮かぶ。
それは初めてジュリが抱いた人間への関心だ。
けれど、その疑問を直接聞くことも出来ず、ジュリとエレナは食事を続けるのだった。
夜、暗くなった部屋で一人、ジュリは考える。
自分が一人で暮らしていけるのは魔女のおかげだ。
あの人は自分自身がいなくなった先を見通して、ジュリに様々なことを教え込んだのだろうか。
黒髪黒目の魔女はジュリにとって絶対的な存在であった。
ジュリにとっての指針、道しるべが彼女であり、その存在が揺らぐことはなかった。彼女の存在は安心をくれたのだと今になってジュリは気付く。
小さな鳴き声に、ジュリは狼の背中をゆっくりと撫でる。
だいぶ痩せて小さくなったその姿は、過ごしてきた歳月の長さをジュリに教える。
小さなジュリの手に狼の温かさが伝わってくる。
「私はまた一人になるのか……?」
そんな問いかけに答える者はいない。
魔女の残したこの家と、静かに眠る狼、ジュリはそれを愛おしそうに見つめると狼に寄り添うように眠りに就くのだった。
*****
「うわぁ! いいの? これを使っても!」
「あぁ、ある人が使っていたものなんだが、気に入ったものはあるか? 力仕事はあなたは平気かもしれないが私が落ち着かない。するなら、こちらにしてくれ」
そう言ってジュリがエレナに手渡したのは手芸用品である。
力仕事が十分に出来るのは十分にわかったが、数日前まで倒れていた少女にそれをさせるのは忍びない。
そう考えていたジュリの頭に思い浮かんだのが、魔女が使っていた手芸道具だ。
エレナに聞かれたときはないと思っていた手芸道具だが、魔女が使っていたことを思いだし、魔女の部屋の中を探すと出てきたのだ。
刺繍枠と色鮮やかな糸の数々や図案、編み物の毛糸を持って来たジュリに、エレナは目を輝かせる。
「図案もあるし、刺繡をしてみようかな。あ、ジュリもやってみない?」
「――繕い物ならば出来ぬわけではないが……」
「じゃあ、やってみよう! 私が教えてあげる!」
「……あぁ、わかった」
嬉しそうなエレナの勢いに押され、ジュリも仕方なく承諾する。
そもそもが自分が力仕事ではなく、手芸を勧めたこともあり、断りにくかったのだ。エレナの隣に座り、ジュリは彼女に刺繍を教わっていく。
この何気ない判断がジュリの日々を変えていくことになる。
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