第二遍【昔の話】

仕事帰り。


美結と二人でコンビニの前で今日の疲れを体から出す為に仕事の愚痴を言いながらお酒をチビチビと飲んでいた。


美結とは高校生からの付き合いで親友だ。


社会人になってから一年ちょっと経つが、まだ社会人の生活に慣れていないのかお酒を飲まないとやってられない。


いや、この状態こそが社会人の生活なのだろうか。


美結とはこうやって仕事帰りによくお酒を一緒に飲んでいる。


今日は給料日前でお金が無いのでコンビニで缶ビールを買った。


「はぁ。今日は楽だったな。こういう日が私が退社するまで続いてくれればいいのに」


「美結は今日楽だったんだ、いいな。私忙しすぎて頭破裂しそうだったよ」


「ドンマイ、恵美。それはいつもの理由?」


「そう、いつもの」


「最悪だね。上司さん、恵美がパソコン他の社員より出来るからって任せ過ぎだよね」


「そうなの。まださ、最初は良かったよ。申し訳なさが出てたから。でも最近はそういうのもなくなって、私がやるのが当たり前みたいな雰囲気出てきて。安請け合いし過ぎたなって後悔してる」


「うへぇー。それ嫌だな。ちゃんと言ってみたら?」


「そうだね。気持ちに余裕があるとき言ってみる」


私はお酒のつまみにと買った、柿の種の袋を開けて手を入れる。


ピーナッツを二つ、指でつまむと一気に口の中に放り込んだ。


奥歯で噛むと例えることができない何とも言えない味が広がっていく。


次に美味しい柿ピーを四つ摘んで口に入れた。


顎を上下させる度にボリボリと音が鳴る。


何気にこの音が好きだ。食べていると実感することが出来るから。


「なんか今日のビール美味しくないな」


美結は缶ビールを目の高さまで持ってきて、凝視しながらそう言った。


「それ絶対今日仕事楽だったからだよ」


缶ビールは疲れやストレスが溜まっていない時は美味しいなんて全く感じない。


逆に溜まっている時に飲むと、体の渇きが一口で潤うほど美味しいと感じる。


だから私は今、とてつもなく美味しい。


「ちょっと最近、柿の種食べすぎたかな。最初の頃に比べて味薄くなってる気がするよ」


美結はポロリと社会人あるあるを口にした。


お金が自分で自由に使えるようになったから好きなものを頻繁に食べてしまって、味がどんどん薄くなっていく現象。


かく言う私も、もうあまり味は感じなくなっている。


だけど、お酒のつまみと言えば「これ」っていう意識があるから食べ続けている。気軽に買える値段だし。


コンビニから高校生のカップルらしい男女が楽しそうに会話をしながら出てきて、私たちの前を通って歩いて行く。


私たちは無意識の内にその二人を目で追っていた。


それを自覚した後、私たちはお互いを見てプッと噴き出す。


「あはは。高校生を目で追っちゃう歳になったかぁ」


私は時間が経った寂しさを紛らわすように言った。


「時間の流れって早いなー。特に高校卒業してからは。気付いたら社会人だよ」


美結は大きなため息をついた後、胸ポケットから煙草とライターを取り出す。


それを見て、私も煙草をバッグから取り出した。


恵美が自分の煙草に火をつけたのを確認すると、私の煙草を彼女の前に出して火をつけてもらう。


そして、口で煙草を挟み、吸った。


煙が口の奥へ進み、気管を通過して肺に入る。


今日は仕事が忙しく、朝、出勤前に家で吸ったっきりで一本も吸えていなかった為、目まいが少しした。


目まいが徐々に治っていくに比例して、心も落ち着いていく。


「高校の頃ってさ。今よりできることに制限はあったのに、一番楽しかったよね。遊びも恋愛も、今とは比べものにならないくらい」


美結は口から煙を斜め上に向かって吐きながらそう言った。


確かに美結の言う通りであの頃は何もかもが楽しく、心から笑えて、甘い気持ちにもなれた。


今は楽しいことがあってもそれ相応の疲れが来るし、笑いはするけれど表面的なのだけだし、甘い気持ちもなる時はあるけれど、高校の頃みたいな純度にはならない。


なっても純度六十パーセントそこらが限界だろう。


大人になるってのはこうもつまらないものなのか。


「多分さー。あの頃って責任とか明日への不満、不安とか、必ずやらないといけないことも、何にもなかったからあんなに楽しかったんだろうね。今は全てが自由な分、自分の行動一つ一つに責任があるし、やることが馬鹿みたいに多いし」


「そだね。休日なんか、仕事の疲れで遊べないしね。遊べるとしたら金曜の仕事終わりくらいか」


「ま、遊ぶって言っても時間気にせずお酒飲みに行くだけなんだけどね」


「ほんとそう」


美結は少し頬を赤くさせてケラケラと笑った。


「恋愛もさ、すごく楽しかったな」


呟くように言う。


「恋愛さ、付き合ってる時よりさ。付き合う前のあのお互いの好意を確認し合う時期が一番楽しかった」


「すごい分かる!皆で遊んでる時に二人だけの世界入る時あるの」


私は共感の気持ちを口頭だけでは表現しきれなかったので、何回も人差し指で指して共感を表現した。


「あれね。皆のちょっと後ろを二人で歩いて話してる時とかね」


「そうそう!この時間楽しいなと思った時に皆にイチャイチャをいじられるんだよ」


「私もそれやられたわ、恵美に!」


「ごめんごめん!」


美結は怒ったような顔をして私を少し見つめてきたので、私は笑いながら謝った。


それを見て美結も笑う。


「覚えてる?風香と海斗と佑希君と明君とディズニー行ったの」


「覚えてるよ。まだ海斗君と付き合ってなかった頃だっけ?」


「そう。あの時はまだだった。んでディズニーでさ、絶叫系のやつ乗った時、海斗が隣だったんだけど、私が怖い怖い言ってたらそっと手を握ってくれたんだよ!あの時、嬉しいのと好きな人が触れてくれた事実と好きな人も私のこと好きなんじゃないかという照れで顔がすごく熱かった」


「何そのアツアツの話。私知らなかったんだけど」


「だって言ってなかったんだもん」


「そういうのは言えよー!」


私は肘で美結の腕を数回小突く。そして、二人で笑った。


笑うごとに二人の昔話で上がっていたテンションが徐々に通常時に戻っていく。


「まぁ、楽しかったね」


「そうだねー」


一つの会話にピリオドが打たれ、数分、二人の間に静寂が訪れた。


環境音はガチャガチャとうるさかったが目に浮かんでいたのは昔の思い出だ。


美結が大きなため息をつく。


そして、遠くの景色を目に写してこう言った。


「一回でいいから、高校生に戻りたい」


その言葉に私は何も言わず、心の中で静かに共感し、恵美の目線と同じ方向を見つめた。


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