伝道師

 跳ね橋を越え、船は静かにニウブルフの市街を抜けていった。都市の喧騒から徐々に遠ざかり、次第に周囲の風景が変化していく。石造りの建物が途切れ、代わりに広々とした緑が視界に広がり始めた。川岸には小さな牧草地や農園が点在し、そこには牛や馬がのんびりと草を食む姿が見えた。


 アランはデッキの手すりに手を掛け、都市を後にする感覚を楽しんでいた。夏の陽光が川面に反射し、キラキラと眩しく輝く。暖かい風が頬を撫で、川の流れに合わせて心地よく吹き抜けていく。その風には、都市の喧騒から解放された新たな旅の始まりを告げる爽やかさが含まれていた。


 しばらく進むと、都市の喧騒は完全に遠ざかり、川沿いには野の花が風に揺れる穏やかな景色が広がっていた。ゼーゲン川の水は澄み渡り、岸辺の草木や遠くの丘陵の姿を映し出している。小さな村が川の向こうに見え、その素朴な風景がアランの目に映った。


 川の中流に差し掛かると、風景はさらに雄大になった。遠くに森が見え始め、川沿いには野生の鳥たちが舞い、自然が持つ豊かな表情が広がる。アランはしばらくその景色に見入っていた。風に乗って聞こえてくる鳥のさえずりや、水面を跳ねる魚の音が、静かな旅の伴奏となっていた。


 船はゆったりとした速度で進み、ゼーゲン川の豊かな自然を楽しませてくれる。アランはこの瞬間、都市を離れ、新たな旅を感じさせた。彼の視線は遠く、これから向かう先に向けられていた。


 しばらくすると、一緒に乗っている旅人がアランに話しかけてきた。


「おや、ずいぶんと遠くを見ているね。旅慣れているようだが、どこへ向かうんだい?」


 アランはその声に振り向き、旅人に微笑みを返した。年配の男性で、柔らかな表情をしている。


「ノトスへ向かっているんです。そのためにひとまずはコネツヴィルを目指しています。」


「コネツヴィルか……。奇遇だね、私もそちらに向かっているんだ。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前はシモン、ストリナ教の伝道師で、教えを広めながら各地を訪ねています。」


 シモンは教会へ報告を行うために戻る途中だと語った。


「コネツヴィルを通るということですが、大丈夫ですか?」


 シモンは続けて尋ねた。


「なぜそのような質問を?」


 アランが問い返すと、シモンは少し厳しい表情を見せた。


「コネツヴィルは信仰に厳しい土地です。風の女神ストリナを深く信仰しているあの場所では、異教徒には冷たい対応をされることがあります。特に、教えに従わない者には厳しい目が向けられることもありますからね。」


 アランは一瞬考え込んだが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「ご心配いただきありがとうございます。私もストリナ教徒ですから大丈夫ですよ。」


 アランがそう返すと、シモンは少し微笑んで首を横に振った。


「いやいや、そんなこと言わなくていい。隠し通すのはなかなか難しいものだよ、私のようなものは特にね。」


 シモンは茶目っ気のある笑みを浮かべながら、アランを見つめた。その表情には責める意図はなく、むしろ理解と同情が込められていた。


 アランもそれを感じ取り、少し肩の力を抜いて笑った。


「そうですか。さすがに伝道師さんには見透かされてしまうようですね。ですが、まあ、なんとかやり過ごす方法はありますから。」


「そうそう、その態度が大事だよ。あの地では礼儀正しくすることさえ忘れなければ、きっと大丈夫だ。」


 シモンのその言葉には、長年各地で布教してきた経験からくる安心感があった。

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