魔導運送組織ヴェースと街並み

 アランは魔導運送組織ヴェースの建物の前で足を止めた。ヴェースは街の運河に隣接しており、白い壁と青い屋根が目立つ。この組織は食品を中心に運送を行っていて、少量の荷物を高速で運ぶことを得意としている。さらに、街の運河を活用した首都への運送も手がけており、その効率性から多くの商人が利用されている。街で冒険者ギルドに次ぐ大きさのこの建物は、その規模と信頼性を象徴している。フードフェスが近づくにつれ、依頼の多さからこの場所も慌ただしくなっている。アランは魔導運送士の資格証を掲げ、入り口を通った。


 中に入ると、すぐに目に飛び込んできたのは、依頼がぎっしりと張り出された板だった。普段は組織に属する運送士たちがほとんどの仕事をこなしているが、今はフードフェスに伴う依頼の殺到で、組織外の魔導運送士にも声がかかっている。近年、海運技術の発達で港への貨物量が増え、忙しさが例年を上回っているという。


 組織に属する者たちは、港町からの魚の輸送や首都への物流を担当しており、フードフェスに関連する新たな依頼は主に組織外の運送士に任されている。板に張られた依頼内容には、郵便物の配達や近郊の農家からの作物の輸送など、さまざまなものが並んでいた。


 アランはその中から一つの依頼に目を留めた。魔法植物の輸送だ。魔法植物は鮮度が命で、消費地の近くで生産される。しかし、生産できる土地は限られており、そのため市場では高値で取引されることが多い。高価なだけに賊の狙いもつけられやすく、その輸送には腕の立つ魔導運送士が求められる。そのため、運搬費も高くなり、最終的な価格に影響を与えているのだ。


「これにしよう」


 アランは板に貼られた依頼用紙を手に取り、受付に向かった。次の日の準備のために詳細を確認する必要がある。受付の係員に用紙を見せると、手早く手続きを済ませてくれた。これで、明日運ぶべき作物の場所と受取人についての情報が伝えられた。


「魔法植物の輸送ですね。気をつけてください。フードフェスの間は特に狙われやすいので」


 係員の一言にアランは軽く頷き、用紙をしまった。これで依頼は決まった。先の依頼での報酬は路銀に十分な額だが、フードフェスでの食事や楽しみに使うための余裕を持たせておきたい。賑わう街で特別な料理を味わうのも、旅の楽しみの一つだ。


 アランはヴェースでの依頼の手続きを終え、ほっと一息ついた。次の日の準備は整ったが、まだ日が高い。時間に余裕があるうちに、街を散策してから宿に戻ることにした。建物を出ると、昼下がりの太陽が街を明るく照らしていた。賑わい始めた街を歩きながら、彼は自然と広場のほうへ向かっていた。


 広場に着くと、午前中とは打って変わって賑やかな光景が広がっていた。午前中はまだ人通りもまばらだったが、今は町の住人たちが増え、活気が感じられる。広場の中央では、フードフェスの準備が引き続き行われており、あちこちで屋台が設置され、装飾が施されている。人々が忙しそうに行き交う様子に、街全体がこのイベントに心を弾ませているのが伝わってくる。


 午前中から営業していた屋台のいくつかには、すでに人だかりができていた。さまざまな料理や飲み物が並び、屋台の主人たちが笑顔で客を迎え入れている。焼きたてのパンの香ばしい香り、煮込み料理のスパイスの香り、そして甘い果物の匂いが混ざり合い、アランの鼻をくすぐった。


 広場からつながる大通りと向きを変え歩き始めた。この通りには、普段から営業している店が並び、フードフェスの準備に忙しい商人や料理人たちに商品を売っている。たくさんの店が活気にあふれ、どの店も賑わっているが、その中でも一際繁盛している飲食店が目に留まった。


 その店は、新鮮な魚を使った料理「ハーリング」を提供している。独特な香りが漂い、店の前には大勢の客が集まっていた。ハーリングは、北にある港町からその日のうちにヴェースによって魔法で輸送されてくるため、新鮮さが売りだ。通常、この街でこれほどの鮮度の魚料理を味わうことは難しい。


 ハーリングは独特な香りがあるため、好き嫌いが分かれる。しかし、食通が集うフードフェスでは、この味を求める人も多い。特に、参加する商人たちには大人気の一品だ。店先では、忙しそうに魚をさばく料理人の姿が見える。新鮮な魚の香りが、街の賑わいと混じり合い、アランの食欲を刺激した。


「美味しそうだな」


 アランは思わず呟いた。


「今日は次の日の仕事に備えた軽い散策のつもりだ。フェス本番に堪能しよう」


 名残惜しそうにその店を後にしながら、宿へと歩みを進めた。フェスが始まる前からこれだけの賑わいを見せているのだから、本番ではさらに賑わうことだろう。


 ふと別の店に目を移すと、そこには人は少ないものの、見慣れない商品が並んでいる。近年の海路の開拓により、海外からの品々が運ばれるようになったためだ。その影響で、こうした珍しい品物が通りに並ぶ光景が増えてきている。


 店の棚には、見たこともない形状の魔道具や、異国の文字で綴られた本、装飾の美しいアクセサリーなどが所狭しと並んでいる。どれも、遠い国々から運ばれてきた独特なデザインや技術が感じられるものばかりだ。魔道具は、普段アランが使うものとは異なる仕組みのようで、その機能を想像するだけでも興味をそそられる。


 本もまた、見たことのない言語で書かれており、その内容を理解するには相応の知識が必要だろう。だが、こうした異国の文化に触れることができるのは、海路の発展に伴う今ならではの楽しみでもある。アクセサリーは細工が細かく、色とりどりの宝石が使われており、どれも異国情緒に溢れていた。


 活気に溢れる大通りから、アランは一歩路地へと足を踏み入れた。途端に、喧騒の中にあった熱気がすっと引き、ひんやりとした空気が彼の肌に触れる。昼下がりの静けさが漂うその路地は、賑やかな通りからは想像もつかないほど落ち着いている。


 この路地は、街の中心を流れる運河へと続く小さな川沿いに通じている。川のせせらぎが聞こえ、その音が心地よい静けさを運んでくる。川沿いには民家が立ち並び、窓からは家族の談笑が聞こえてきたり、洗濯物が風に揺れていたりと、日常の風景が広がっている。


 アランの宿もこの川沿いにある。運河の近くにあるため、水の流れる音が心地よい眠りを誘う。彼はゆっくりと歩きながら、川の水面が太陽の光を反射してきらめくのを眺めていた。昼間の喧騒とは対照的なこの場所の静けさに、心が少しずつ落ち着いていくのを感じる。


 川沿いの道をしばらく進むと、これから一週間ほどお世話になる宿が見えてきた。木の温もりを感じさせるその建物は、旅人にとっての安らぎの場所だ。アランは宿の入口に近づきながら、明日に向けての休息を思い浮かべていた。今日はもう少しこの静かな空気に身を委ね、体を休めよう。そんなことを考えながら、彼はゆっくりと宿の扉を開けた。

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