フリシータのフードフェス
フリシータへの道と甘い出会い
フリシータへの街道は、いつもとは少し違う雰囲気を帯びていた。フリシータのフードフェスまであと一週間。街では準備が進んでいると聞いていたが、その活気はここ、空を飛ぶアランにも伝わってくる。
「魔法調理器具を運んでくれないか」という依頼を受け、アレカンシアの町を出発してから数日が経つ。飛行中、夏の朝の澄んだ空気が心地よく、風の匂いに次第にフリシータの香りが混じり始めた。眼下にはフリシータの豊かな土地が広がり、その美しさが視界に飛び込んでくる。今回の依頼は、フードフェスに出店する店の魔法調理器具を運ぶもので、いつもより少し重要な役割を果たすようだった。
道の両脇には広大な放牧地が広がっており、草を食む牛や馬がゆったりと動き回っているのが見える。彼らの穏やかな動きが、この土地の平和な空気を象徴しているようだ。遠くには青々とした緑の麦畑が風に揺れている。その奥には点々と建物が並んでいる。建物は道に沿って疎らに建っていて、集落が点在していた。
牧草地と畑が交互に現れ、穏やかな風景が続く。街道には馬車や荷車が時折通り過ぎていくのが見える。その荷台には、新鮮な野菜や果物が積まれている。フードフェスのために、各地から様々な品物が運び込まれているのだろう。
街道を進むにつれ、旅人や商人の姿も増えてきた。彼らの多くは、フリシータのフードフェスを目当てにやってきているのだろう。道の端で休憩する者や、仲間同士で談笑する者、荷物を整理する商人たちが見受けられる。彼らの表情には期待と興奮が混じっており、これからの賑わいを予感させる。
子供連れの家族も目に入った。父親が手綱を握り、母親が子供の手を引いている。子供たちは目を輝かせ、初めて訪れる都市の風景を心待ちにしている様子だ。遠くから訪れる人々にとって、フリシータのフードフェスは特別なイベントであり、旅の楽しみの一つでもあるのだろう。
街道の先、視線の先にはフリシータの建物が徐々に見え始めた。運河の街、そして食材が飛び交う都市――その息遣いが、もうすぐ目の前に広がろうとしている。
フードフェスでは何を食べようか――そんな他愛もないことを考えながら、アランはゆっくりと高度を落とし始めた。運河の街が徐々に近づき、石畳の広場や建物の屋根が見えてくる。フードフェスの準備で活気づく街の喧騒が、風に乗って耳に届くような気がした。
目的地の関所が視界に入ると、アランは滑らかな動きで下降し、街の入口近くに着地する。足が地面に触れると、魔法の余韻が一瞬だけ周囲に漂い、次の瞬間には風のように消え去った。飛行魔法を使っての移動は、魔導運送士としての基本的な仕事の一部だ。
関所は近年、魔導化が進み、手続きを迅速に済ませられるようになっている。身分証の確認を担当する兵士が並んだ人々に次々と声をかけ、魔法陣が淡く輝きながら身元の確認を行っていた。
「身分証の提示をお願いします」
兵士がアランに声をかける。彼の隣には商人たちが並んでいて、アレカンシアから運び込まれた荷物が山積みにされていた。ハムやベーコンの肉加工品、さくらんぼ、スイカなどのフルーツ、そしてワインの瓶が箱に詰められ、フードフェスでの出番を待っている。
アランはポケットから魔導運送士の資格証を取り出した。資格証を見せると、兵士は一瞥しただけでうなずき、アランを通過させた。魔導運送士の資格があれば、どこの関所でもフリーパスのように通ることができるのだ。
「さて、荷物を届けに行くか」
アランは関所を通過してフリシータの街に足を踏み入れた。街の中は既にフードフェスの準備で賑わっており、運河沿いの通りには屋台や飾り付けが施されていた。建物は白い漆喰と木材で作られた構造で、赤や青の屋根瓦がところどころに色彩を添えている。運河には小型の商船や荷物を運ぶ船が行き交い、水面がきらめく朝の光を反射していた。橋の上を行き交う通行人たちは、手に食材や道具を抱え、急ぎ足で動き回っている。
アランは街の中心部にある広場へと歩を進めた。ここには既にいくつもの屋台が並び、旬の食材をふんだんに使った料理が売られている。香ばしいパンの匂いや焼きたての肉の香りが風に乗って漂ってきた。フードフェスはまだ始まっていないが、その準備だけで街全体が活気づいているのが伝わってくる。
目的の店に近づくと、店先に依頼人の料理人が立っているのが見えた。彼はアレカンシア出身の料理人で、今回はフードフェスに出店するためにここフリシータにやって来ていた。彼の姿は、この街の住人とは少し異なっていた。肌は白く、北国の冷たい空気を思わせる色合い。大柄で長身の体格が目を引く。
「お待たせしました。魔法調理器具をお届けに参りました」
アランが声をかけると、料理人は振り返り、アランの姿を見ると微笑んだ。
「よく来てくれた、アラン。この器具がなければ、私はこのフェスで勝負できないからね」
「これがないとスイーツ作りが大変ですよね。さっそくお渡しします」
アランは手に持ったトランクケースを静かに地面に置いた。このケースは、魔導運送士としての彼の仕事に欠かせない道具だ。ケースの蓋を開くと、その中には複雑な模様が描かれた魔法陣が現れる。アランは右手を魔法陣の上にかざし、ゆっくりと魔法を発動した。
彼の魔力が伝わるとともに、魔法陣が淡く輝き始め、徐々に光が強くなっていく。やがて、魔法陣の中心が脈打つように輝くと、そこから淡い光の粒子が舞い上がり、浮かび上がるようにガラス製の魔法調理器具が姿を現した。
「こちらがご依頼の品です」
器具は透明なガラスが太陽の光を受けて美しく輝いている。アランは慎重にそれを取り出し、料理人に手渡した。アレカンシアで作られたこの魔法調理器具は、水と氷の魔法を使ったスイーツ「フローズンシルクタルト」を作るための特別なものだ。氷魔法を効率よく活かせるように設計されており、見た目の美しさも際立っている。
「ありがとう、アラン。これで準備が整う。やはりこれがないと、私のスイーツは完成しないんだ」
料理人は感謝の言葉を述べながら、器具を慎重に手に取った。この地方では氷魔法を使う者が少なく、彼のように扱える料理人は非常に珍しい。
アランはその様子を見ながら、料理人から報酬の袋を受け取った。150クレアという金額は、彼にとってしばらくの間、次の仕事を探す心配をしなくても済むほどの十分な額だ。この報酬で、滞在中の宿代や食費、さらには次の旅に必要な備品も揃えられるだろう。今回のような重要な依頼は、その価値に見合うだけの報酬が用意されている。
料理人に軽く頭を下げたアランは、「それでは失礼します。」と一言告げ、トランクケースを閉じて立ち上がった。次の依頼を受けるための準備や、自分自身の休息を考えながら、その場を立ち去ろうとしたその時だった。
「少しお待ちください。せっかくですから、完成品を試食していってください」
料理人はそう言うと、さっそく魔法調理器具を使ってスイーツの準備を始めた。アランが持ってきた器具は、氷の魔法で作られるフローズンシルクタルトを完成させるために欠かせないものだ。タルトの土台にフローズンクリームを乗せ、色とりどりのフルーツを氷の層でコーティングしていく。その手際の良さと器具の使い方に、アランは興味深く見入っていた。
クリームの上に飾られたフルーツは、透明な氷の宝石に閉じ込められたかのように美しく輝いている。淡い光の中でキラキラと光るフルーツは、まるで小さな宝石のようだ。アランはそのタルトがどのような味を持っているのか、想像するだけで胸が高鳴った。
料理人が一つ完成したタルトを手渡すと、アランはそれを慎重に手に取った。手の中に感じる冷たさと見た目の美しさに、しばし見とれてしまう。透明な氷の層に包まれたフルーツが輝いている様子は、まさに特別な一品だ。
期待を込めて、アランはフローズンシルクタルトを一口かじると、氷の殻がパリッと割れ、中から冷たいクリームと甘酸っぱいフルーツの風味が口いっぱいに広がった。その冷たさと滑らかさ、フルーツの鮮やかな味わいが一体となり、絶妙なハーモニーを奏でている。
「これは…」
驚きとともに、アランはタルトの上品な甘さとフルーツの爽やかな味わいに感嘆の声を漏らした。今までに味わったことのない、洗練されたデザートだ。
料理人はそんなアランの反応に満足げな笑みを浮かべた。
「フローズンシルクタルトは、私の自信作です。フリシータの新鮮なフルーツがあってこそ、この味が出せる限定品ですよ」
アランはゆっくりと頷きながら、もう一口タルトを楽しんだ。冷たさと甘さが絶妙なバランスで広がり、フードフェスに来る人々がこれを口にしたときの驚きと喜びを思い描く。彼が運んだ魔法調理器具が、このスイーツを通じて多くの人に感動を与えるのだと思うと、運送士としてのやりがいを感じた。
「こんなスイーツ食べたことない。フードフェスでこれを食べたら、みんな夢中になるだろうな」
アランはそう言って料理人に微笑んだ。
「おいしいスイーツをありがとう。機会があればまたご依頼を。それでは失礼します。」
料理人に礼を言い、別れたアランは、再び街の通りに目を向けた。周囲では街の喧騒とこれから始まるフェスの賑わいが広がっている。フェスの準備が進む中、通りには多くの人々が行き交い、すでに賑やかな雰囲気だ。アランはフードフェスに備え、追加でお金を稼ぎに魔導運送士組織の建物へ向かうことにした。
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