王子が私の地雷に触れたのでざまぁしようと思います
abcアンタル
第1話 婚約破棄と地雷
「フォアート侯爵令嬢!私は、貴様との婚約を破棄する!そして新たに、リェーチ男爵令嬢と婚約する!」
……はぁ?このタイミングで、この場所で、馬鹿王子は何を言っているの?頭沸いているの?
それは、王立学園の卒業パーティーも半ば、というタイミングでの出来事だった。耳がキーンとするほど会場内に響き渡るほど大きな声で、フォアートの婚約者だった第二王子、ロガノフが婚約破棄を宣言した。
私、ロガノフ様の近くにいるし、別にそんな大きいな声を出さなくてもいいと思うんだけど……?何ていう怒鳴り声。そんなに大きな声が出るなら、サーカスの客引きに向いてそう。
フォアートは、現実逃避気味にそんなことを考える。本人にこんなことを直接言ったら、一国の王子になんてことをさせる気だ!?と言われそうではあるが。
「ロガノフ様、落ち着いてください。わたくしたちの婚約は親同士が決めたものですので破棄は難しいかと思われます。それにわたくしは、婚約破棄される理由が全く思い当たらないのですが、一体なぜでしょう?」
「しらばっくれるなぁ!お前が一週間前の茶会で、リェーチの紅茶に毒を盛ろうとしたことは知っているんだぞ!証拠だってあるんだからな!」
「うっ……ううっ……ロガノフ様ぁ、わたくしぃ、前からフォアート様にいじめられてぇ……ぐすっ、何度もいやだって言ったのにぃ……ぐすっ、ひっく……この前の紅茶に混ざっていた毒で高熱が出て一週間くらい寝込んでたんですぅ……ぐすん、辛かったよぅ……」
「あぁ、可哀想に……おいっ、どうしてくれるんだっ、フォアート!」
……お茶会にリェーチ様いたかな?あんまり記憶にないなぁ……。確かあのお茶会、沢山の人を招いたから、リェーチ様に嫌われている私は挨拶しかしてないと思う。その状況で毒は無理じゃない?それに、私はリェーチ様をいじめた覚えはないよ?どういうこと?
フォアートは溜め息をつきたいのを何とか堪える。これはただ単にフォアートが現実逃避したいと思いつつ抱いた感想である。頭の隅で種々考えてはいるが、フォアートは元々、彼らが自分を貶めようとしているのは知っていた。しかしそれを敢えて止めず、それに便乗して王都外の山へ逃げる計画を立てていた。この流れはその要であるが、冤罪を疑われるのはやはり腹が立つ。悪いのはお前らだ、と声を大にして言いたくなる。
確かに今ここで、証拠を片手にロガノフたちを追及し、彼らを断罪すればすっきりはするだろう。それでもきっと、第一王子の側室か、第三王子の正妻になるだろうということは目に見えている。そうなれば、今以上に執務に追われるのは必至である。第一王子の仕事量は言わずもがな、第三王子もかなりの天才と称されているのだ。そうならないわけがない。
さらに、相手が原因で婚約破棄、などということになってしまえば、社交界で憐れみと同情の視線を集め、嘲笑されるのは目に見えている。
そんなの、絶対に嫌!私は今ここで、「リェーチ男爵令嬢に毒を盛って婚約破棄された、侯爵家の恥知らず」として王都を追放され、面倒くさいこととは無関係な平民として山奥に引きこもって幸せな隠居生活を送りたいの!何としても、王子に追放宣言してもらわないといけないの!
わたしは!自由に!なりたいの!!
そのためならフォアートは、ロガノフとリェーチが望む「悪役令嬢」を演じることは厭わないのだ。彼らの思い通りになるのは腹が立つが、それで何十年分の幸福が手に入るのなら安いものだ。
フォアートは少しだけ深呼吸をしてから、それらしくバサッと扇子を広げ口元を隠し、聞かせるように溜め息を吐く。
「はぁ……。学園の卒業パーティーで、いったい何を言い出すのかと思ったら……そんなくだらないことですか。興醒めしましたわ」
「くだらないこと、だと!?リェーチが傷ついているというのに!?ふっざけるな!今すぐ彼女に謝れ!」
「フフッ、そんな、たかだか男爵令嬢へのいじめが、何になるというのですか?そんなもの、わたくしの家の権力で簡単に揉み消せるのですよ?その程度のことでわたくしとの婚約を破棄できるとお思いとは……笑ってしまいますわ、つくづく愚かですわね」
「貴様ぁ……!口が過ぎるぞ!第二王子であるこの私に、そんな無礼な物言いが許されるとでも思っているのか!?」
このタコ王子、激高するとやたらと言葉のアクセントが強くなるのだ。会話しているこっちが疲れる。しかし、フォアートの狙いは王子に怒ってもらうことなので特に問題はないが。
「ええ、もちろん。わたくしはロガノフ様の『婚約者』ですからね」
「だから、貴様との婚約は破棄……」
「ええ、けれど、王家の権力で強制的に婚約破棄をする場合、国王陛下と宰相が書類にサインをしなければ成立しませんわ。まさか、あなたがただ署名しただけのそれが、効力を持っているとでもお考えで?」
フォアートが鼻を鳴らすと、王子は顔を真っ赤にする。彼を長年見てきたフォアートは知っている。これは、王子が怒りの頂点に達する一歩手前であるということを。
意外と悪役令嬢が様になっている気がする。いい感じじゃない?あとは激怒して理性を失ったロガノフ様に国外追放を言い渡されればもう完璧!たかだか侯爵令嬢は、第二王子に勝るだけの権力なんて持ち合わせていないから仕方ないよね?うん、仕方がない!
などと、フォアートが悪役令嬢らしい笑みを浮かべつつ、自分が言っていることとは正反対のことを考えていた。普段のフォアートを知っている人ならば、彼女が普段このようなことを言わないと気が付くはずだ。だが、婚約者を放置してリェーチに夢中になっていたロガノフが気づくはずがない。
ちなみに、学園の卒業パーティーには外部の人間は招待されない。参加できるのは卒業生のみで、ほかの在校生はパーティーの運営を行う。つまりこのパーティーは、第二王子に反論できるだけの権力を持つ人がいないのだ。
「うぅ……ロガノフ様ぁ……フォアート様が怖いですぅ……しくしくしく……」
「……リェーチと正式に結婚できるまで待ってやろうかと思っていたが、私ももう我慢できない!侯爵令嬢ごときが、王子をコケにしやがって!貴様は本当に、傲慢で、暗くて地味で陰気で……」
え?傲慢って、ロガノフ様がそれを言っちゃうの?リェーチ様も一目で泣き真似って分かるような泣き方してるし……この人たち、本当に大丈夫?仮にも貴族、だよね?
「……その上、細かいことにうるさくて、友達付き合いにも口出してくるし、それから……」
「わたくしも身分の差がどうこうとか、ぐちぐち言われましたぁ」
それは、ロガノフ様が危ない人と絡んでたからでしょ!?明らかにどこかのスパイだっていうのに、ベラベラと情報を喋ろうとするから!それに身分差は真面目に考えて!親切心から来る忠告だから!周りの貴族の冷たい視線、今まで気が付かなかったの?
「それから、俺には身だしなみについてどうのこうの言ってくるくせに、お前は自分の髪も碌に手入れできていない!くすんで傷んだ真っ黒い髪だからな!」
「確かにぃ!フォアート様の髪って、なんていうか、何日も手入れしていない人の髪みたいですよね!瞳の色も同じような黒ですし、髪形もいつも後ろで簡単にまとめるだけだから地味だしぃ……」
…………え゙?…………ん、ん゙ん゙……?今、あいつら、なんて……?
それを聞いた瞬間。フォアートの中で、何かがぶつりと音を立てて切れた。周りの貴族も、まるで自ら塩の山に突っ込むナメクジを見たかのような、信じられないものを見る目で王子を見る。
それはフォアートの地雷ワードだった。絶対に、誰も触れてはいけない話だった。それは貴族社会で暗黙の了解で、貴族は皆、一切口出ししなかった。……極一部を除いて。
加えて、元々その地雷の原因を作ったのは他でもない、ロガノフだった。だが本人は、おそらく全く気が付いていない。
フォアートはこの瞬間、目標を変えた。今、王子に追放されるのではなく、王子に復讐をした後で、自ら国を出ると決めた。王子に婚約破棄を後悔させ、絶対に次期王にならないようにするために。貴族社会、いやこの国全体で第二王子の肩身が狭くなるように。
力の出し惜しみはしない。全力でこいつを泣かせてみせる!
「あー、そう考えるともっと早く婚約破棄してもよかったかもな!フォアート!私は我慢の限界だ!貴様との婚約を破棄し、男爵令嬢に毒を盛った件で、王都をついほ……」
「黙っていれば、好き勝手言いやがって……!無能でろくに勉強ができない、剣技も芸術も下から順位を数えたほうが早いくらいの成績をもらったポンコツダメダメ阿呆王子が……!」
「……フォアート、もし今のが私の聞き間違いでなければ、婚約者でも看過できないぞ?」
「あら?何が聞こえたんでしょうか?ロガノフ様の【幻聴】ではないかしら?」
フォアートはそう言いながら、王子と距離を詰める。ロガノフは一瞬顔を顰めたが、それも束の間で、すぐに何か言おうとしたロガノフの口をフォアートは指を当てて黙らせる。
そのままロガノフに顔を近づけると、耳元で囁く。
「ロガノフ様は、相変わらず悪知恵だけはよく働きますね」
「……え?」
「卒業生しか参加できないパーティー。国王陛下やほかの王子たちに口出しされずにこんなことをできるのなんて、今くらいですものね?今わたくしを追放してしまえば、国王陛下も宰相も婚約破棄を認めなくてはなりませんから」
「……」
「図星、ですか?フフフ、でもわたくしは逃がしませんよ?どうせならもっと大勢の前で行いませんか?」
フォアートはにこりと微笑んでから、
「一週間後の、王家主催の建国記念パーティー。そこで片を付けることにしましょう」
と言い残し、会場を去っていった。後に残ったのは、フォアートがつけていた香水の残り香と呆けているロガノフとリェーチ、それから噂好きの貴族たちだった。
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