第49話 デート


「失礼します、お嬢様。テンタルト子爵令息レイバンス様がいらっしゃいました」


 復習のため広げていた書物から目を離し、ロイリーは自身の婚約者の来訪の知らせを聞いた。

 彼女は今日、彼と会う約束はないのにと不思議に思った。


「すぐに向かうわ。格好は……これでいいわよね?」


 部屋着以上外着未満のワンピースの裾をつかみ、侍女に確かめた。


「よろしいかと存じます」


 ロイリーがいるのは王都の伯爵家別邸だ。

 学院に在籍している間は、彼女の仕えるレオノーラが家主となる別邸に住んでいる。



 お淑やかな微笑みをつくり、ロイリーは婚約者の待つ客室をノックした。


「入ってくれ」


 レイバンスの声が聞こえて彼女はドアを開けた。


「ご機嫌よう、レイバンス様」


 軽く足を引いて挨拶すると、彼女は彼を見た。


「急な来訪すまない、ロイリー。座ってくれ」


 ローテーブルの彼好みの紅茶からは湯気が立っている。

 長話なら、自分のと合わせて持って来させよう。


「今日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」


 彼女は相変わらず硬い口調で問いかけた。


「ええとですね、いい店を見つけたのでいかがかと思って」


 たどたどしい言い方だったが、デートの誘いであった。


「わかりました」






 ロイリーとレイバンスは洒落たカフェにいた。

 最近オープンしたことで、学院で噂になっている店だ。

 2人の従者は外に置いてきた。


「どれがいい? 私が奢るから代金は気にするな」


 彼は、いいところを見せようとメニューを指差した。


 自分で払うと彼の好意を拒否する言葉を彼女は飲み込んだ。

 甘えなさいという母のアドバイスが頭に浮かんだからである。


「ありがとうございます」


 彼女は少し逡巡したのち、ピトリとイラストを指した。

 彼は頷きウエイトレスに注文した。


「チーズケーキとガトーショコラを頼む」


「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか」


 彼は彼女が首を振るのを見たが、考える素振りも見せず紅茶を2つ頼んだ。


「ガトーショコラをいただくのに紅茶まで……悪いです」


「いいんだ。楽しんでもらいたいだけだから」


「……はい」


 話がひと段落したところで、ロイリーは仲良くしている令嬢友達のために内装を見ておくことにした。


 美味しいスイーツは基本的に高級な店が中心になる。

 だが、下級貴族の彼女たちにとってその価格帯は頻繁に通える域を超えていた。

 そんな現実を知ってか、このカフェは装飾を抑えて庶民が手を伸ばせる価格になっている。

 なので、このカフェは下級貴族令嬢に人気なのである。


「ロイリー、いいか?」


 感心して店内を眺めていた彼女を現実に引き戻したのは婚約者だった。

 彼をほったらかしにしたことに気づき、彼女は謝った。


「すみませんレイバンス様」


「あ、いや、謝らせたかったわけじゃない」


 謝罪された彼のほうが挙動不審である。

 ごほんと咳払いした。


「陞爵、おめでとう」


 彼女は目を丸くした。


「ありがとうございます。でもお門違いですわ。頑張ったのは妹のミュラーですから」


「アドバイスとかしたんじゃないのか?」


 あのお姉ちゃんっ子ならあり得ると思い、彼はそう尋ねた。


「いえ、なにもしておりません。飢饉の発生すら知らされなかったのです」


 ロイリーは淋しげに言った。


「そうなのか? てっきり君の助言あってのことかと思っていた」


「もし私があの場にいても、ミュラー以上の解決策を思いついた自信はありません。だからよかったのです」


 彼女は自らを慕う妹が、自分を超えたという現実を見せられたと感じたのだ。

 もう妹は頼ってくれないんじゃないか、と。


「自信をなくすことはないよ」


 手持ち無沙汰に指を眺めていた彼女は顔を上げた。


「だって君は頑張ってる。今月始めの試験、好成績だったし」


「……ありがとうございます」


 ロイリーは完璧主義者で大変優秀で令嬢の鑑と言われる未来は近いが、ミュラーと違い人間不信を拗らせてはいない。

 姉の長所は褒め言葉をちゃんと受け取れる点だ。


 ウエイトレスが持ってきたガトーショコラと紅茶に目を輝かせた彼女は、いただきますと祈りを捧げた。





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