第37話 破片

 どうやらカバレアーニ伯爵夫人アルロッテ様は私の療養を気にしていないらしいと知って、安堵してから1週間ほど後。


 今日は、12月に入って2日目。

 冷夏だったこともあるから、今年の冬はこれまでより寒くなっていた。


 男爵家とて決して裕福ではない。

 だから、暖炉は大広間と夫妻の執務室にしか掘られていない。


 私の寝室や執務室にはないので、ここ最近は、ブルっと身体を震わせるたびに神経質なリエが羽織るものや膝かけを持ってくる。

 また、冷たい飲み物はめっきり口にしなくなり、とにかく暖かくするように気を使われている。



 今朝も湯気ののぼる紅茶を出したリエが、予定の報告を行う。


「朝食のお時間でもお話はありましたが、午前中は奥様と執務のお手伝いです」


 討伐に参加したことで、私が元気になったということがケイリーに知られてしまった。

 なので、距離を取る作戦は中止せざるを得なくなり、ともに食事を摂っている。


 相変わらずアマリと執務を行う日々は続いている。


「午後はお茶会の練習です。ハネリウス伯爵夫人をお招きしたお茶会は1か月後に迫っていますので、厳しいものになると思われます」


「……1か月後? 早くない?」


 ロイリーもいつぞやに経験した試験のようなものだ。


 孤立無援の中どうやって切り抜けるのか、また貴族令嬢として成長しているか試される会である。

 失敗しても、見捨てられるかといえばそうではないが、両夫人からの目が多少厳しくなるに違いない。

 失敗することなく、最後までやり遂げることが必須条件になろう。


「わたくしも練習のお相手ぐらいにはなれましょう。いつでもお申し付けください」


 そりゃあ、没落貴族だもんね。

 作法だって身につけているでしょうよ。


「そのときはお願い」


「はい。そしてリンクララ嬢のことなのですが……」


 彼女の侍女候補からの離脱を要請して以来進展はなく、もう諦めムードに入っていた。


「ミュラー様が侍女候補として問題ないことが明らかになりましたので、白紙に戻りました」


 道理は通っている。

 というか、私の要求がわがままなだけか。


「残念」


 紅茶を飲んだ。


「あつっ……ねえ、いつになったらわかってくれるの?」


 私は猫舌である。

 なぜこんな熱々のものを飲ませようとするのか……一度はのに。


「お茶会の紅茶は熱いものばかりですから慣れていただかないと」


 あっそう、そういう理由。





「失礼いたします、お母様」


 この口上も、何度目だろう。

 そろそろ200回を超えていそうだ。


「今日もよろしくね」

「はい」


 アマリの執務机には、当主夫妻のみに決済が許された書類が置いてある。

 そして、私専用になったスペースには、上級文官(貴族)も処理できる書類のうち計算が多めのものが集められている。

 どうやら両親の中で、私=“計算が得意な子”という印象が定着したようだ。



「それじゃ始めますか」


 羽根ペンをつかむと、リエが最初の仕事を差し出した。


 これは死亡証明書?

 今日の仕事は正の字で集計することみたいだ。


 伯爵領に居住している平民のデータである。

 現代のように正確に集計できるシステムはないから、せいぜい出産届けと結婚報告と死亡証明書くらいだ。



 えーっと、教会の隣の孤児院の7歳の子どもみたいだ。

 同い年じゃんと思いながら読み進めていく。

 死因は……餓死。


 驚いて何枚かめくっても、複数の孤児院で餓死者がいる。

 おかしい。



 孤児院というのは、物好きな貴族か奴隷金持ち探しの商人の支援で成り立っている。

 だから閉鎖的空間の中で支援者の意向は絶対の掟になるし、彼らの懐が寒くなったら簡単に打ち切られる。

 とはいえ、良質な奴隷というのは健康であることが最低条件になるのは想像に容易たやすいので、普通の孤児院でも衣食住だけは保証されるはずだ。


 それなのに、なぜ餓死者が多い?


「ミュラー様?」


 とりあえず本来の仕事をするか。


「なんでもないわ」


 性別と年齢で区切られた表に記入していく。

 こうやって、死という悲劇は、為政者いせいしゃのための数字に成り変わっていく。


 私たちの仕事は、あくまでも平民を適正に管理することだ。




 餓死者の集計が終わり、表を見直してみる。

 ……やっぱりおかしい。

 多すぎる。


「リエ、去年の集計を持ってきてくれない?」

「かしこまりました」


 アマリに不思議がられたが受け流し、リエの帰りを待った。


「こちらでよろしかったでしょうか」

「ええ、ありがとう」


 早速ページをめくり、今年と照らし合わせる。


 5歳未満、男子。2人。今年は5人。

 5歳未満、女子。1人。今年は4人。

 5~9歳、男子。1人。今年は4人。

 5~9歳、女子。1人。今年は4人。

 10代前半、男子。0人。今年は2人。

 10代前半、女子。0人。今年は2人。


「……異常ね」


 領内の孤児院は3つ。

 だから、単純計算で1つの孤児院で少なくとも7人の餓死者がいる。


 説明を待つリエに書類を返した。


「お母様、少しよろしいでしょうか」

「ええ。なにがわかったの?」


 残念ながら、これはきっと伯爵家案件だろうな。


「単刀直入に申し上げます。飢饉が発生しかけている可能性があります」


 もし、才女と名高いロイリーがいたら。

 発生しかける前に予測できていたかもしれない。


 でも気づいた時点で、私が食い止める。


 彼女の手はわずらわせない。

 婚約者さまと仲良く学園生活を謳歌おうかしていればいいさ。


「飢饉? 詳しく説明してちょうだい」

「はい」


 集計した紙を見せて根拠を説明した。


 1つ、今年の収穫高は少なかった。

 2つ、今年は冷夏だった。

 3つ、王都の巫女が飢饉の発生可能性のお告げを受けた。

 4つ、餓死者が異常に多い。


「あるいは既におきているかもしれません。でも、まだ間に合います」


 孤児というのはこの社会で最も不遇な存在だ。

 社会の悪影響を受けやすい存在だ。


「伯爵様にどうかお伝えを」


 飢饉は治安悪化を招くことだと。



 ……暴動が起きる前に止めるべきだと。



「わかりました、ミュラー。ケイリー様に私のほうからお伝えします」


「ありがとうございます、お母様」



 最後にエデンに会ったとき、彼はこう言っていた。


ーー有名な巫女様がお告げを賜ったそうです。今年の冬はとても寒く飢餓などで死ぬ者が多いだろうと。

ーー暴動がおこるというお告げもあります。


 今の今までこれを忘れていたのは失態だった。

 魔力線酷使障害でバタバタしていたのはもちろんだけれども。


 ……伏線回収、完了! って感じ。

 手遅れじゃなければいいな。





ーーーーー


2章後半の始まりです。


お読みいただきありがとうございます。

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