第12話 新たな圧力と分裂

西郷健一郎の政策は確実に進行していた。出雲市への県庁移転計画は少しずつ形を成し、新幹線の延伸計画も現実味を帯びていた。しかし、その影響は島根県内で賛否両論を呼び、県民の間で意見が割れる事態が徐々に明確になっていった。


ある日、県議会で出雲市への県庁移転計画に関する討論が行われた。西郷が会場に到着すると、議場には緊張した空気が漂っていた。県内の有力議員たちがこの移転計画を巡り、意見をぶつけ合っていたからだ。


議会で討論が始まると、まずは反対派の代表である浜田市選出の議員、田所康夫が声を上げた。


「知事、西郷さん。県庁移転計画が進行しているのは理解しています。しかし、これは私たち地方にとって大きな負担になるのではないでしょうか?財政面での負担はもちろん、出雲市に移転すれば他の地域との距離感が生じ、地域間の格差が広がる懸念があります」


田所の言葉に、多くの議員が頷いた。特に、県西部の地方からはこの計画に対して強い反発が根強く存在していた。西郷は田所の発言を受け止め、冷静に返答する。


「確かに、県庁移転にはコストが伴います。しかし、これは島根県全体の未来を見据えた改革です。出雲市に移転することで交通の利便性が向上し、観光業や物流業に多大な利益をもたらすと考えています。また、新幹線の延伸計画が実現すれば、東京や大阪からのアクセスも改善され、さらなる経済効果が期待できるのです」


西郷の主張に賛同する声もあったが、反対派の意見は根強く続いた。議会が終わった後、西郷は心に重いものを感じながらも、冷静に次の一手を考えていた。


その日の夜、出雲市の自宅に帰ると、妻の涼子と息子が家で彼を出迎えた。東京での生活を終え、ついに家族が島根に移住してきたのだ。涼子は笑顔で出迎え、息子も元気に彼のもとへ駆け寄ってきた。


「おかえりなさい。やっと一緒に暮らせるわね」


涼子の言葉に、西郷は安堵の表情を浮かべた。長らく単身赴任状態が続いていたため、家族と過ごす時間は彼にとって大きな癒しとなるはずだった。だが、島根の未来を左右する重要な局面に立たされていることもあり、心の片隅には常に緊張が残っていた。


夕食の時間、涼子が優しい笑顔で話しかけた。


「あなた、最近すごく忙しそうだけど、仕事は順調に進んでいるの?」


「順調…かどうかはわからないが、進めるべきことは進んでいる。ただ、反対の声も強くなってきているんだ。特に県庁移転や新幹線の件で、県内の地域によって意見が大きく分かれていてね」


西郷は、県内の対立が広がっている現状を包み隠さず話した。涼子は少し心配そうな表情を浮かべたが、夫を励ますように言葉を続けた。


「大変だと思うけど、あなたが信じて進めていることには、きっと意味があるわ。私たちはずっとあなたを応援してるから、無理しないで、少しずつでも前に進んでいって」


その言葉に、西郷は少し肩の力を抜き、笑顔で頷いた。家族の支えが彼にとっては何よりの力だった。


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翌日、西郷のもとにある報告が届いた。藤堂悠一が国土交通省と財務省の幹部と接触し、島根県の新幹線延伸計画に対して予算削減を求めているという情報だった。西郷はすぐに事態を把握し、対策を講じる必要があると考えた。


「また藤堂か…」


西郷は苦笑しながらも、その影響力の強さに改めて脅威を感じていた。藤堂は、中央政府の内部で強いコネクションを持ち、その権力を駆使して地方の計画に干渉してくる。特に今回の新幹線計画は、島根県の未来を左右する重要な事案であり、これが頓挫すれば、彼の政策全体が崩れかねない。


すぐに西郷は県庁での会議を開き、対策チームと共に藤堂の動きをどう封じるかを議論した。


「新幹線の延伸計画に対する国からの支援が減少する可能性が高まっている。これは我々にとって致命的だ。何としてもこの動きを阻止しなければならない」


県庁のスタッフは緊張した面持ちで、西郷の言葉に耳を傾けた。対策として、中央政府との交渉を強化することが決定された。西郷自身が直接東京に赴き、国土交通省の幹部たちと話し合う必要があると感じていた。


「これは藤堂との戦いだ。彼が中央からの圧力を使って我々の計画を潰そうとしている。しかし、我々には正義がある。島根の未来のために、絶対に負けるわけにはいかない」


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数日後、西郷は再び東京に向かった。国土交通省の幹部との面会がセッティングされ、彼は新幹線延伸計画の重要性を訴えた。しかし、藤堂の影響は想像以上に強く、幹部たちは慎重な姿勢を崩さなかった。


「島根県の新幹線延伸は、確かに地域活性化に繋がるとは思いますが、他にも予算の必要なプロジェクトは山積しています。特に中央政府としては、今後の財政状況を考慮しなければならない時期に来ているのです」


幹部の一人が冷静に返答したが、その背後には藤堂の影が色濃く感じられた。西郷は焦りを覚えつつも、ここで引き下がるわけにはいかないと決意を新たにした。


「もちろん、他の地域やプロジェクトも大切です。しかし、山陰地方の未来を考えると、交通インフラの整備は避けて通れない問題です。これは一地域の問題ではなく、日本全体の地域活性化に寄与するプロジェクトなのです。ぜひ、長期的な視点でご検討いただきたい」


西郷の熱意ある訴えは、幹部たちの心に少しは響いたようだったが、最終的な決定は先送りとなった。藤堂との戦いは長期化することが予想され、彼にとっても、今後の方針を見直す必要があると感じていた。


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島根に戻った西郷は、再び地元の支持を固めるための行動を開始した。反対派との対話を重ね、県内の意見を取りまとめると同時に、家族との時間も大切にすることで、精神的なバランスを保っていた。


家族と過ごす時間が、彼にとっては戦い続ける力の源となっていた。涼子や息子との日常が、彼の中での癒しであり、支えだった。

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