第3話 見えざる敵

中川教授との電話を切った後、西郷健一郎はしばし窓の外を眺めていた。島根の静かな夜景が広がるが、彼の胸の中はざわめき立っていた。中川教授が言っていた「取引」とは何なのか。そして、どんな試練が待っているのか――。


「健一郎、どうしたんだ?教授と話してから、少し様子がおかしいぞ」


秘書の田中誠が心配そうに声をかけた。西郷は苦笑しながらも、やはり何かが引っかかっている表情を浮かべていた。


「教授が何かを隠しているのは間違いない。ただ、まだ俺にはその全貌が見えてこない。何にせよ、今は計画を前に進めるしかないが、これから何が起こるか分からないということだ」


「教授のことは信じていいんだろうな?」


誠の問いに、西郷はわずかにためらいながらも頷いた。


「彼は俺の恩師だ。だが…全てを明かしているわけではない。それでも、今は彼の助けが必要だ。計画がここまで進んでいるのは、間違いなく彼の力によるところが大きいからな」


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翌日、西郷は再び計画のための会議を開いた。県庁の大きな会議室には、県の主要な職員や島根県の経済界のリーダーたちが集まり、首都移転に向けたインフラ整備や観光振興についての具体的な提案が次々と出されていた。島根を首都にするというアイデアは、熱気を帯びて広がっていたのだ。


「交通インフラの整備は急務です。特に、島根と東京を結ぶ高速鉄道の計画を進めるべきです」


「観光業も絶好調です。これまで以上に観光資源を発掘し、海外からの誘致にも力を入れましょう」


西郷は黙ってそれらの提案を聞きながら、首都移転計画が具体化していく様子に満足感を覚えていた。だが、心のどこかで感じる不安は消えない。中川教授が言っていた「取引」が何を意味しているのか、そしてそれが計画にどう影響を与えるのか…。


会議が終わり、西郷は一息つこうと執務室に戻ったが、そこには意外な人物が待っていた。


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「久しぶりだな、健一郎」


執務室のソファに腰掛けていたのは、彼の大学時代の同級生であり、今は政府高官として東京で働く**藤堂悠一**だった。彼はスマートなスーツを着こなし、冷静な眼差しで西郷を見つめていた。


「藤堂…お前がここに来るとは思わなかった」


西郷は驚きを隠せず、ゆっくりとソファに座った。藤堂は一見友好的に見えたが、その瞳の奥には冷たい何かが宿っているように感じられた。


「君の首都移転計画、興味深いと思ってね。政府内でも話題になっている。いや、正確には、かなりの騒ぎになっていると言った方が正しいか」


藤堂の言葉には棘があった。西郷はそれを感じ取りながらも、表情を崩さなかった。


「俺が何をやろうと、君たちは関係ないだろう?島根をどう発展させるかは、俺たちの問題だ」


「そうかもしれないが、君の計画は単なる地方の問題では済まない。君がやろうとしていることは、東京の地位を根底から揺るがす。つまり、中央政府全体の秩序に影響を与えるんだ」


藤堂は淡々と語りながら、ゆっくりと立ち上がり、西郷のデスクに近づいた。


「君は自分が何を相手にしているのか、まだわかっていないようだ。中央は君を脅威と見なしている。島根の首都化が現実味を帯びれば、必ず何かしらの抵抗がある。それに、君の背後にいる中川教授の動きにも注意した方がいい」


「中川教授のことを知っているのか?」


西郷は思わず問い返した。藤堂は微かに笑い、頷いた。


「ああ、知っているとも。彼はかつて政府の都市計画プロジェクトに関わっていたが、ある理由で外された。その後、独自の計画を進めるようになったが、彼の真の目的は単なる都市開発じゃない」


「どういうことだ?」


藤堂は答えず、代わりに静かに窓の外を見やりながら続けた。


「君はこの先、大きな決断を迫られることになる。だが、その決断がどんな結末をもたらすかは、君自身にもわからないはずだ。覚えておけ、中央政府は君を見張っている。そして、いつでも君を潰せる用意がある」


藤堂はそう言い残すと、再び笑顔を浮かべて執務室を去っていった。


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藤堂が去った後、西郷は深く考え込んだ。彼が言っていたことがどこまで本当なのか、中川教授の動きにどんな裏があるのか。しかし、今は計画を止めるわけにはいかない。島根の未来、そして日本の未来が彼の手にかかっているのだ。


翌朝、西郷は中川教授に連絡を取り、直接会って話すことを決めた。教授が隠している「取引」の真実を確かめなければならない。そして、中央政府が彼に仕掛けようとしている罠を乗り越えなければ、島根の首都化は成功しないだろう。


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一方、東京では再び秘密会議が開かれていた。大迫元彦とその取り巻きたちは、ついに西郷を排除するための行動に移る準備を進めていた。


「西郷健一郎は手強い。しかし、次の一手で必ず奴を倒す」


大迫は冷酷な笑みを浮かべながら、島根に送り込む刺客の名前を告げた。その名を聞いた者たちは、全員が不安と興奮に包まれた表情を浮かべる。


「これで西郷は終わりだ…」


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西郷と中川教授の「取引」の真相、そして迫り来る東京からの刺客。その運命が交差する中、島根首都化の運命は一体どうなるのか――。


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