運転手

猫町大五

深夜の町

金が欲しい。運転手リトアールが、常々思っていることである。

決して金に困っているわけではない。一般的にタクシー運転手と呼ばれることを含めた稼業は十分すぎるほど稼げているし、稼ぎの使い道がない、という程でもない。

ただ、もう少しスリルのある、充実感のある稼ぎがしたいというのが、彼の望みだったりする。

この男、少し前の戦時中はスパイの手引きをやってみたり、手違いでレジスタンスに入ってみたり、地下水道でシネマのような撃ち合いをしてみたりと、そこらの戦争映画のようなことは一通りやってきた。故の不満。平和の重要性は理解し、それも享受しながら、その対極を望んでいるという奇特な存在なのである。

この稼業をわざわざ治安の悪いところでやっているのも、なんか撃ち合いでも起こらないかな、などという安直な考えからに他ならない。

困ったことに運も実力も十分なので、トラブルにあったとて大概切り抜けてしまうのも、悩みの種だった。

そんなことを考えながら、愛車の前輪駆動車トラクシオン・アバンを夜道で転がしていると。


「こっちへ来るんだ!」

「いや、離して!」


『……素晴らしい!お手本のような婦女暴行&誘拐現場だ!!』


最早、読者の皆様に説明不要だろう。この変人リトアールが、心底狂喜乱舞していることも含めて。

満面の笑みで、リトアールはシフトレバーを握った。二速セカンドへシフト・ダウン、アクセラレータを踏み込み、六気筒の唸りと共に高揚する。

「まさか眼前で……これこそ僥倖!」

前照灯ヘッド・ランプの明かりに現場が切り取られても、リトアールは右足を離さない。

「……!なんだこいつ?!」

誘拐犯らは咄嗟に横に飛び退いた。感心すべきだろう。喜色満面の笑みを浮かべた男が乗った車が、フルスロットルでこちらに突っ込んでくるのだ。筆者ならその場で呆然とする。

「…………へ?」

いや、もう一人いた。件の少女だ。

辺りに衝突音が響いた。


「あー……」

変人リトアールは、ばつの悪そうな顔をしながら、道路に突っ立っていた。

鮮血、おおよそ子供一人分。その横で飛び退いた誘拐犯らが、呆然としている。

「あ……あんた」

「何か?」

「いや、何かって……いや……」

「せっかく物語ストーリーが何か、始まると思ったんだがなあ」

「は?」

「車、潰れちまったしなあ……どうする……ってか、こいつの車検証どこやったっけな?」

「は?」

「あ、違うか。あれだ、ないんだ。……」

「……」

誘拐犯らはそそくさと立ち去ろうとしたが、生憎リトアールはそれを見逃さない。

「なあ」

「……何だよ」

「まだ動いてる」

「へ?」

事実だった。先程の少女、まだ息があったのだ。

「へ……なんだ、ボスから聞いてた通り頑丈じゃねえか」

「そうなのか?」

「ああ。こいつ、魔女の娘らしいぜ……って」

そこまでして、ようやく誘拐犯らは正気に戻った。少し遅すぎるような気もするが。

「こ、この野郎!仕事の邪魔しやがって」

誘拐人さらいだろ?確かに一種効率的かもしれないが……まあいい。その子を拾って帰れば、ミッション・コンプリートじゃないのか?」

「……それもそうか」

いそいそと死にかけの少女を担ぐが、ふと訝しげに振り返る。

「あんた……どうして」

「何が」

「車で突っ込んできたろ」

「突っ込んでみたら、面白そうだろ?」

「ああ、そう……」

今度こそ、彼らは仕事に取りかかった。停めたセダンに少女を乗せ、乗り込む。

「シムカか」

「新型だぜ」

「羨ましいよ」

男らは走り去った。


「ベック!エドワード!待ちわびたぞ!」

誘拐犯らは、無事にファミリーのアジドに着いていた。

「娘は」

「この通りで」

ボスは後部座席を覗き、満足そうに頷いた。

「よくやった。これでうちも躍進だ」

「やったあ」

「それで、後ろのボロはなんだ?」

「へ?」


見ると、フロントのひしゃげたシトロエンが、ただそこに停まっていた。


「やあ」

「?!」


降りてきたのは、まあ、はい。リトアール。


「???」

「いやあ、仕事は最後までやらんと」

「は?」

「見られたら始末、基本のキでしょうが」

「???」


リトアールはつかつかと誘拐犯らに近づき……


「?!」


辺りに、甘い香りが漂った。ついでに鮮血、少々。


「……何なんだ」

S&Wスミス・アンド・ウェッソン、ハイウェイパトロールマン。三八口径、六連発」

「そうじゃない」

件のボスは、しかし純粋な疑問符で聞いた。

「お前、大丈夫か?」

「さあ」

リトアールは再び拳銃を構え、撃鉄を起こした。

「うちはトラッド・ファミリーってもんだ」

「ギャングか?禁酒法時代はもう過ぎた」

「お前、本当にこの町の人間か?」

「さあね」

「……自殺志願者か?」

「大正解」


辺りをトラッド・ファミリーの兵隊が取り囲んでいた。


「ヒーローって、案外身近にいるのね」

銀髪の少女が、呆れたように呟く。

「そりゃ、気紛れの極致じゃないか?それかペテン」

「そうかもね……」


リトアールは、今日も車を走らせる。

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運転手 猫町大五 @zack0913

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