【第八話】「遠く遠くとおい昔」


 遠藤宅を出て、柊二くんの最寄りの駅に向かう。自動改札機に定期券をタッチし(なぜ私がバス以外の定期をもっているかは訊かないでもらいたい)、ホームで二人並んで急行電車を待つ。

 

 待っている間私が何を話し掛けても、彼は、うん、ああ、なるほど、しか言わなかった。…………まあ、私のことでも考えてるんだろう。


「なあ、深海」


 不意に、私を呼ぶ声がした。どこか躊躇うような声色。


「お前って、その……そうだな、どんな子供だったんだ?」


 その言葉が私の過去を尋ねるものだと分かった途端、古い記憶が脳の中を駆け巡った。フラッシュバックというやつだ。慣れたつもりでいたけど、呼吸は少し荒くなった。


 乾く喉を叱咤して、震える手足を誤魔化すように韜晦に走る。


「ん? にゃににゃに〜? 柊二くんはもうオトナ気取りかにゃ?」


 精一杯話題を変える。万が一にもあの遠藤柊二が、猫語の女子を見逃すはずがない。


「いーやダメだにゃ、深海。本来にゃら『にゃにそれかわゆいよお〜』にゃんて言ってやるところではあるんだろうがにゃ。今の台詞だけは聞き捨てにゃらん。猫語(ブラック)を使うにゃら、『オトニャ』ではにゃく、『オトニャ』にすべきだにゃ」


 果たして、彼はその話題に乗った。ダメ出しって形ではあるけれど。


……けど、このままだと問題発言が飛び出しそう。例えば、「にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびで——(自主規制)」とか。ここは冷たくあしらっておこう。


 正直、あれを彼氏の口からなんて絶対聞きたくない。


「なにを言っているのかさっぱり分からないけど、言ってることは分かったからもういいよ。茶化した私が悪かったから二度と口を聞くなモンキー


 私の暴言には彼も思うところがあったのか、それっきり黙りこくった。


 私は、私の過去を彼に知られずに済んだことに安堵のため息をついて、薄目で彼の横顔を眺めていた。

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