【第二話】「まっくら」

 朝ごはんは、トーストとスクランブルエッグだった。ただし、よく漫画やアニメなんかで見られる卵焼きや目玉焼きの成れの果てではなく、完璧なスクランブルエッグ。毎日食べたいやつ。


 母の偉大さを痛感しつつ遅ればせに家を出て、深海と一緒に最寄り駅のホームで急行を待つ。こいつとは小中学校の地区は違えど、案外近くに住んでいるようだ。


 こいつと同じ小学校の人間は教師を含めて大変だったんだろうな、なんて益体ないことを思い、車両に乗ったタイミングで本人に訊いてみることにした。


 わざわざ電車が来るまで待ったのは、別に僕の踏ん切りの問題とかではなく、快適な環境に入った直後の人間には心理的な隙が生じると、どこかで聞いたことがあるからだ。


 断じて僕は臆病者ではない。ないったらないのだ(涙目)!


「なあ、深海。お前って、その……そうだな、どんな子供だったんだ?」


「ん? にゃににゃに〜? 柊二くんはもうオトナ気取りかにゃ?」


 うわあ。


 すげえ、猫語の女子ってこんな可愛いんだ。これはこれはなるほどなるほどふむふむ。


 だがしかし。いくら僕が「可愛いは正義」を信条にしている人間であるからといって、流石に聞き捨てならないことがある。素直に「はぅ〜お持ち帰りぃ〜」と言ってやるのも癪だしな。


「いーやダメだにゃ、深海。本来にゃら『にゃにそれかわゆいよお〜』にゃんて言ってやるところではあるんだろうがにゃ。今の台詞だけは聞き捨てにゃらん。猫語(ブラック)を使うにゃら、『オトニャ』ではにゃく、『オトニャ』にすべきだにゃ」


「なにを言っているのかさっぱり分からないけど、言ってることは分かったからもういいよ。茶化した私が悪かったから二度と口を聞くなモンキー


 そこまで一息に、まるで僕に懇願するような早口で言うと、深海は若干赤みがかった顔で瞑目する。そうか、電車の中だもんな。英語で言うとパブリックのフロントがインだもんな。

 ていうか、僕も恥ずかしくなってきた。つーか、今すぐ死にたくなってきた。ま、そうだよな。僕なんて所詮ヒト以下の存在だもん。ウッキッキー。


 僕がまことの紳士ならば、こういうところで衆目に臆せずに深海を辱めるんだろうが、生憎僕はそこまでの段階には至っていない。


 結局、その後学校に着くまでの間に、僕と深海は一言も会話を交わさなかった。


 ずっと睨まれたりもしたが、僕は絶対に話しかけなかった。


 これは両性の本質的平等と合意に基づく本能的な行為であり、換言すれば気まずかったと言うわけだ。

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