新製水陸舟車
第15話 沈没船
「うむ。会心の出来である」
久平次の屋敷には、数台の
「仮に増やすなら、大工に依頼するか。大して難しいカラクリでもない。その筋の職人ならば、見ただけで真似をすることが出来るだろう」
「久平次さん。お戯れも大概にしてください」
案の定、妻からは怒られる。いつの時代も男の趣味を伴侶に理解してもらうのは難しいものだ。
「しかしだな。この陸舟車がたくさん町を走るようになったら愉快だぞ。誰もがこれに乗って遠くまで旅をしたり、近間まで行く用事を手短に済ませたり……おお、そうだ。これを使った遊びも考えたんだ。これで追いかけっこをさせたら――」
「久平次さん!」
「――はい」
「やめろとは言いませんが、いくつ作る気ですか。一番出来のいい物だけ残して、あとは処分してください。屋敷の庭も無限にあるわけではないのですよ」
「は、母上なら理解してくださる」
「残念ですが、お義母様も私の味方です」
(おのれ。こういう時ばかり嫁と姑で協力できるとは……)
苦々しい顔をした久平次は、さてなんと答えようか迷った。一番出来のいい新製陸舟車は、何を隠そうアカネにくれてやったのだ。もうここにはない。
「あ、拙者、急用を思い出した。失礼する」
ひとまず撤退し、城下へと向かう。そして陸舟車を預かってくれるところを探すのがいいだろう。大工や火消し、あるいは武家など、いくらか頼れる友はいる。
どうせ逃げるなら陸舟車に乗って逃げた方が早いのも事実だ。馬と違って何の準備も要らず走り出せるのも魅力である。
「夜には戻るでなー」
「お待ちなさい!……な、なんと逃げ足の早い。まったく困った旦那様だね」
琵琶湖はいい。いつでも穏やかな湖面を見せてくれる。のどかな彦根湾を見ながら、久平次はどこに向かうべきか、ひとまずの行き先を考えていた。
「あ、久平次の旦那ぁー」
聞き覚えのある声に呼び止められた。どこにいるのかと道を探すが、本人はおろか駕籠も見当たらない。
「こっちだよ。こっち」
その声を探れば、
「おお、そこにいたのか。アカネ」
彼女は琵琶湖の波打ち際にいた。水浴びかと思ったが、
「どうした?」
「なあ、久平次さん」
「ん?」
「この陸舟車。水に浮かないぞ」
アカネの言葉を理解するのに、久平次は少しばかり暇がかかった。
まず、陸舟車が浮かばないのは当然なのだ。
見た目こそ船に近いこの車体だが、それは操縦系統を収めるために仕方なくその形になっただけで、偶然の類似である。
では、それをアカネに伝えただろうか? 答えは否だ。アカネなら説明せずとも分かるだろうという期待と信頼がどこかにあった。
なので、アカネがこれを船のように浮くものだと勘違いして、水に浮かべようとしたとしても不思議はない。説明なしで泥団子を置いておいたら間違って食べそうな娘だ。
しかし……
「なぜ陸舟車を浮かべたいのだ?」
「ん?」
まさか浮かばないと思っていないアカネは、久平次の問いの意味を理解するのに時間がかかった。今度はアカネが首をかしげる番である。
「――ということなんだ」
「なるほど」
話を総合すると、せっかく陸舟車なんて面白い物があるなら、それを使って金を稼ぐように言われた、と。それで今まで駕籠では移動できなかった琵琶湖を移動できたら商売になるだろうと思って飛び込んだ結果、溺れかけたらしい。
「まあ、それは船として作っていないからな。車輪を通すために船底に穴が開いているし」
「そっかぁ」
残念そうにするアカネを見ていると、何かこっちまで残念になってくる。共感なのか、それとも自身の発明を馬鹿にされた気分になるのか。
「では、作ってみるか」
「え?」
「題して、
「できるのか。よっしゃ!」
アカネが袖を振り上げると、濡れた法被から水しぶきが飛ぶ。冷たい……
「では、帰って図面を起こしてみよう。またな、アカネ。風邪などひくなよ」
「お、おう。またな」
久平次は上機嫌で屋敷へと帰り、その日の晩には試作に取り掛かっていた。
そのため彼の屋敷には陸舟車がさらに増え、妻にも親にも息子にも叱られるのだった。
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