江戸ちゃり発明道中

古城ろっく@感想大感謝祭!!

陸舟車

第1話 小さな駕籠者

「えっ」

「ほっ」

「えっ」

「ほっ」


 えっほえっほ、と掛け声も高らかに、駕籠かごが山中を走っていく。前を行く少女が「えっ」と声をかけりゃ、後を追う大男が「ほっ」と応えた。

 前の少女は十四歳になる、小柄な子だ。後ろの大男が一歩で進む距離を、ちょうど二歩で進んでいく。そのため掛け声の音頭は、かろうじて合っていた。

 ぱたぱたと子気味よく脚を出す少女は、ぱっと目を輝かせ、駕籠の中の人物に話しかけた。


「お侍さん。もうすぐ琵琶湖が見えるよ。見たことあるか?」


 男勝りな喋り方だが、年若い娘らしい高い声だ。その声に気をよくした侍は、駕籠から顔をのぞかせて答えた。


「ああ、何度も見たよ」

「なーんだ。アンタ、彦根ひこねは初めてじゃないのか」

「拙者の庭みたいなものだ。しばらく帰ってなかったが、こう見えて彦根藩の藩士であるぞ」

「あーあ。知らないなら、アタイが案内したかったんだけどな」


 森が開けて、その先に大きな湖が見えてきた。少女の言う通り、琵琶湖だ。

 湖面はきらきらと陽光を跳ね返し、波に乗って輝いている。その光景は少女も何度となく見たが、それでも見飽きることはない。


「お、おいアキアカネ! 前を見ろ!」


 駕籠の後ろを担いでいた大男が言う。


「はぁ?……あっ!」


 ガサガサッ


 横から伸びていた木の枝が、少女の頭に当たった。それを避けようとして身体をひねると、今度は勢いづいた駕籠に背中を押され、足をくじく。

 結果――


「ああああああああああああ!」


 どっぽーん!


 駕籠はその場で地面に落ち、少女は坂を盛大に転がって湖に飛び込む羽目になった。




「すまねぇな。お侍さん」


 駕籠の後ろを担いでいた大男が、客に語りかけた。


「いや、なかなかに愉快なものを見せてもらった。拙者も怪我はない。して、そちらの駕籠と、相方は無事かな?」

「駕籠は、今ちょっと見てみないと分からねぇ。いったん降りてくれるかい?」

「あい分かった」

「それと、あのアキアカネは大丈夫だ。あの程度で壊れる身体じゃねぇよ」

「アキアカネ?」


 立ち上がった侍の問いかけに、大男は答えた。視線は駕籠の裏を点検しながら、だ。


「ああ、あのじゃじゃ馬娘よ。おあけって名前なんだが、トンボみたいにちょこちょこ動きながら走るもんだから、みんなからアキアカネとか、アキとか、アカネとか呼ばれてる」

「ほう……」


 おおよそ、駕籠を担ぐには不向きな体の子だ。そもそもこの仕事は、男の中でも力自慢で、身の丈六尺はあるような巨漢にこそ勤まる。少なくとも、この大男はその素養があるが、

「あの娘は、なぜ駕籠者かごのものを?」

「そりゃ、親がいないからさ。俺たち駕籠屋が引き取って育てたんだが、見ての通りの男勝りでね。俺らは『いい嫁になれよ』と思って育てたはずなのに、何を間違ったんだか」

「ふふっ」

「笑わねぇでくれよ。旦那」




「あー、酷ぇ目に遭ったぜ……」


 琵琶湖から上がってきたアキアカネは、乱れた髪を後ろに撫でつけ、濡れた短い法被はっぴを片手で振り回しながら戻ってきた。サラシと半股引はんだこだけの、ほぼ裸のような恰好で恥じらいなく歩く姿は、なるほど女子らしくはない。


「アキアカネ、と言ったか?」

「おいおい、アンタまでその名で呼ぶのかよ」

「おあけさんと呼んだ方がよいかな」

「……それもくすぐってぇな」


 名前で呼ばれ慣れてないのだろう。彼女はここにきて初めて、恥ずかしそうに視線をそらした。


「アタイの事は好きに呼べよ。アケでもアキでもアカネでもいいさ」

「では、アカネと呼ぼうかな」

「そういや、アンタの名は何だっけ?」


 濡れた身体のまま、その辺の石に腰掛けるアカネ。その様子を見た侍は、脚くらい閉じろと言いたくなるのをこらえて、名乗る方を先にした。


「拙者は平石ひらいし 久平次くへいじ 時光ときみつと申す。彦根藩藩士にして、偉大なる天文学者、そして――」

「そして?」

「――発明家だ!」

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