第17話 過去と未来①
「三度目はない、失せろクズゴミ」
「失せるのはお前だ
コンビニまで
確証はなかったけど、消えたクズゴミ、
もしも居なかったらそれはそれで珠唯さんに謝れば良かった話だったし。
案の定クズゴミはやって来ていたから本当に来て良かった。
「俺は珠唯をお前の洗脳から解放してやるんだよ」
「お前のそういうところが本当に嫌いだよ。どうせ本気でそう思ってるんだろ? 気持ち悪くて吐き気がする。とりあえずその汚い手を離せ」
こいつは大義名分が欲しくてデタラメを言ってるわけではなく、本気で俺が珠唯さんに洗脳、脅しに近いものをしてると思っている。
そして今、自分のやってることは珠唯さんを救い出す為のものだと思っているのだろう。
「ほんとに気持ち悪い」
「珠唯を下心でしか見てないお前の方がよっぽど気持ち悪いんだよ!」
「お前のことは嫌いだけど、そういうところは感心するよ。自分を客観的に見れないからブーメランが刺さったことに気づいてないんだもんな」
俺は確かに好きな珠唯さんと一緒に居たいという気持ちはある。
だから下心がないかと言われたらあるけど、それをこいつに言われるのは筋違いだ。
「意味のわからないことを言って話を逸らすな!」
「ほんとに話が通じない奴ってめんどくさいな。いいからその手を離せよ」
「だから話を──」
「三回目だぞ、その汚い手を離せ」
さすがにイライラが限界な達した。
これで離さなかったら最終手段を使おうと思ったけど、クズゴミはビクついて珠唯さんから手を離した。
「ふーん、人の言葉を理解はできるんだ」
「や、やっぱり『あの噂』は本当だったんだな」
「あ?」
クズゴミが尻もちをついた。
あぶら汗をかいているが、そんなのはどうでもいい。
「どんな噂だよ」
「しらばっくれんな!」
「ちっ」
人がせっかく話を聞こうとしてるのになんでこうも俺の精神を逆撫ですることしかできないのか。
もうこいつと話すことはない。
「今すぐ消えろ」
「はっ、それは認めるってことだな」
「頼むから俺が理性を保ってる間にいなくなってくれよ」
これ以上こいつと話していると手が出そうで怖い。
手を出すのはまだ駄目だ。
「珠唯にはバレたくないんだろ。バレたらせっかくかけた催眠が覚めるか──」
「
危なかった。
珠唯さんが叫ばなければ板東の頭を蹴り飛ばしていた。
「そ、それがお前の本性なんだよ! この『人殺し』が!」
「そういうことかよ……」
板東の言いたいことがわかって落ち着いてきた。
ほんとにこいつがアホで助かる。
「どこで知ったのか知らないけど、お前は──」
「認めたな! やっぱりお前は──」
「やっぱこいつ蹴り飛ばしていいかな?」
話が通じなすぎてまた腹が立ったので珠唯さんに確認を取ると首を振られてしまった。
「ふぅ。よし、このバカの話は適当に流す。それでお前はどうしたいんだよ」
「珠唯を騙すことをやめろ」
「話が通じた。騙すね。確かにその話は今日しようと思ってたけどお前のせいでできなかったが、何を騙してるって?」
「まだしらばっくれるのかよ。お前が殺した人の名字は『しまだ』だ。それで──」
「一旦黙れ」
さすがにそれは聞き流せない。
確かに『人殺し』という言葉には聞き覚えがあるけど、そこに『しまだ』なんて名字は出てこない。
というかそもそも──
「聞かれたくないことを言われたらそうやって──」
「黙れって言ってんのが聞こえないのか」
さすがにこのアホを構ってる余裕はない。
俺は詳しく話を聞いたわけじゃないけど、さすがに結びついてしまう。
一人暮らしの高校生と重たい話。
そして『しまだ』という、珠唯さんと同じ名字。
「
全てが憎い。
何も知らないくせに勝手なことを言う板東も、俺を子供扱いして何も話さない聖空も、全ての元凶のあいつも、そして俺と珠唯さんを出会わせた運命も。
そして何よりも何も知らないで珠唯さんを好きになった俺自身を。
「わ、わかったら珠唯から手を引け!」
「……」
「言い返せなくなったら無視か。さっさと認めてここから消えろ!」
板東が何も喋らない俺に強気になってニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら近づいて来る。
「その目はなんだよ人殺し!」
「……」
板東が俺の顔を殴ってきた。
確かこいつは最近何か、武術の習い事を始めたとか偉そうに自慢していた。
まあセンスがないのか痛くはない。
「はっ、いい気味だな。散々調子に乗った罰だ」
初めてこいつの言ってることに同意できる。
結局俺は調子に乗っていたんだ。
何も知らない珠唯さんが俺を好いてくれているから、俺も珠唯さんを好きになっていいんだと。
珠唯さんなら俺の過去を受け止めてくれるんだと。
だからこれは調子に乗った俺への罰──
「ばっ、珠唯!」
何が起こった。
板東は確実に俺を殴ろうとしていた。
だけど俺に痛みはなく、青ざめた顔の板東が玄関で頬を押さえながら倒れている珠唯さんを見ている。
……
「殺す」
「ちょ、まっ──」
とりあえず目を潰す。
次は右腕、そして右足。
死にたくなるように後悔させてから殺す。
ただで死ねると思うなよ。
「目が、怖い!」
「へ?」
俺の指が届く前に板東が気色悪い声をあげて消えた。
入口に倒れているのを見つけたから即座に手を戻して追撃を──
「やめなさいっての!」
「
怒りのままに板東に手を出そうとしたら
どうやら板東を投げ飛ばしたのは
「離せ」
「いやいや、離したら君、ほんとに板東やるでしょ?」
「当たり前だろ」
「話せるってことは理性は少しあるね? じゃあ考えることもできるでしょ?」
「何をだよ」
「気づけバカ! あんたの後ろであんたを守って痛い思いしたのは誰だよ!」
紅葉に言われて気づく。
後ろに意識が行ったから俺を押し込んでいた紅葉と亜美が俺ごと倒れてしまった。
だけど今はそんなの気にしてる余裕はない。
「あはは、悠夜さんに守ってもらった分のお返しは出来ましたかね」
珠唯さんが頬を押さえて俺に笑顔を向けながら言ってくる。
痛いはずなのに、体も、心も。
「あーあ、悠夜さんにまたその顔させちゃいました。やっぱり私はダメダメですね」
「ごめん、なさい……」
「なんで悠夜さんが謝るんですか? この痛みは私が自分で背負うと決めたもので……」
珠唯さんの声が途中で止まったので頭を上げると、何やらニマニマしながら俺のことを見ていた。
「やっぱり痛いです。それに顔ですからこれじゃあお嫁の貰い手がいないなー」
珠唯さんがものすごく棒読みで言う。
「ということで責任を取って結婚してください」
「俺にそんな権利はないよ……」
「それはつまり、私をキズモノにした責任を取らないで、私を一生独り身にするってことでいいですか?」
「あなたなら嫌でも寄って来るよ」
俺なんかよりもよっぽど珠唯さんを幸せにできる人が。
「私を本当の意味で幸せにできるのは悠夜さんしかいないんですよ」
「でも──」
「でもじゃないです。もうこの際だから言っときますけど、私は悠夜さん以外の男の人は今回のこともあって信用できなくなりました。つまり私と結婚できるのは悠夜さんだけで、私を守れるのは悠夜さんだけです。それでも私と結婚するのが嫌なら私は一人で生きていきます」
珠唯さんが俺の顔をつんつんとつつきながら言う。
そんなことを言われても、俺では珠唯さんを今回のように傷つける可能性が──
「珠唯! そんな奴を信じるんじゃ──」
「私の悠夜さんの為の顔を殴り飛ばした人が何か?」
「す、い……」
珠唯さんが板東に殴られた頬を指さしながら笑顔で告げると、板東は絶望したように崩れ落ちた。
「ちょっと部外者が割り込むね」
「なんですか紅葉さん! 悠夜さんは渡しませんよ!」
平行線が続く俺達の会話に紅葉が割り込む。
だけど珠唯さんが俺と紅葉の間に入って頬を膨らませながら紅葉を睨みつける。
「やば、かわよいんだけど」
「傷心中の悠夜さんに漬け込もうったってそうはさせませんから」
「さすがにこの状況でそんなことはしないって」
「じゃあこんな状況じゃなかったらするんですね?」
「恋する乙女の揚げ足取りって可愛いけどめんどくさいな。とりあえず今は手を出さないから安心して。まあ? 珠唯ちゃんの魅力に飽きた悠夜が私を求めたら話は別だけどぉ?」
紅葉が珠唯さんをからかうことを言うものだから珠唯さんが余計に威嚇をしてしまう。
やり取りが状況に合ってなくて思わず笑ってしまう。
「やりました! 悠夜さんの笑顔を引き出せた!」
「私のおかげでね」
「私です! それよりも紅葉さんは早く用件を言ってください」
「そうだった。このままだとお互い平行線だろうからさ、とりあえず話すこと全部話したら? それでも悠夜が自分を許せないなら私が全身全霊をかけて癒してあげるから」
「私と違ってお胸が大きいからって悠夜さんを魅了できると思わないでください!」
「そ、そういう意味じゃないから!」
珠唯さんの発言で紅葉が顔を赤くする。
胸の大小に興味はないけど、紅葉が大きいイメージはなかった。
珠唯さんのついた嘘なのか。
「推定F」
「そんなにないから!」
「ふん、F(富士山)もE(エベレスト)もA(あり)からしたら些細な差ですよ!」
「思いつかないからって『あり』は違くない? それにエベレストの方が富士山よりも高いし」
「つまり富士山寄りのエベレストってことですね」
「……」
「悠夜さぁん……」
現実を見たのか、紅葉が無言の肯定をしたせいで珠唯さんが泣いてしまった。
可哀想に。
「というかそういうのはいいの! とにかく、君達はちゃんと話し合いなさい。どうせ上手くいくんだから」
「でも……」
「かわよ、じゃなくて、悠夜は珠唯ちゃんとこのまま距離を置きたい?」
「やだ……」
「かわ……しつこいか。だったら全部話しなさい。全部話して珠唯ちゃんがそれでも許さないって言うなら私のとこに来ればいいから」
「……うん」
いつかは話さなければいけないことだ。
それなら今話さないと二度と話すタイミングは来ない。
「じゃあ私達はあそこの変態暴力野郎を対処するから。じゃあね」
紅葉はそう言って板東を拘束(足で)している倉中さんの元に亜美と向かった。
そうして残された俺が固まっていると、珠唯さんがそそくさと鍵とチェーンをかけた。
そして……
「中入りましょ」
「……うん」
こうして俺は珠唯さんと話す機会を設けられたのだった。
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