鍵とチェーン
「じゃあゴチになります」
「そう言いながらお金渡すの新しいね」
悠夜さんが自分の払う分の倍のお金を渡しながら言うものだからおかしくなってしまう。
「これはそういうこと?」
「お釣りはいらないから」
「かっこいいフリして実はかっこよくないけど、よくよく考えたらかっこいいやつね」
どういう意味かわからないけど、なんか悠夜さんと紅葉さんは分かり合ってるみたいで見てるとモヤモヤする。
ちょっとムッとしながら私もお財布を取り出す。
「あなたはいいんだよ?」
「はい?」
私がお財布を取り出したら悠夜さんに不思議そうな顔で言われる。
「付き合わせてるのにお金取るわけないじゃん」
「私が無理やりついて来たんですよ?」
「俺が付き合わせたの。そもそも『お釣りはいらない』ってかっこつけたんだからあなたに払わせたらかっこつかないでしょ」
悠夜さんのこういうところが好き。
本当は私が悠夜さんと紅葉さんが一緒に居るのがモヤモヤするから無理やりついて来たのに、悠夜さんはそんなの許さない。
悠夜さんの中では本気で私を付き合わせたと思っているから、私にお金を出させることは最初から絶対になかった。
そしてそれを最終的には「かっこつけたから」って理由にしてしまう。
本当にかっこいい。
「私の分は払ってくれないの?」
「むしろお前が俺達の分を払え」
「私知ってるんだよ、そんなこと言って悠夜は絶対にお金を出させないって」
「タダより怖いものなんかないだろ」
それは私もわかる。
何もないのに奢られると裏の意図を勘ぐってしまう。
悠夜さんにそれを感じないのは好きだからなのか、それとも悠夜さんが裏の意図を持っていたとしても、それが相手への罪悪感とか、優しさからくるものだとわかるからなのか。
多分その両方だろう。
「じゃあ私達はお会計してくるから君らはお外で待ってて」
「ん」
「帰りたいと言わなかったのは偉いぞ」
「じゃあ帰る」
「拗ねないの。可愛いなぁ」
今日何回目かの『いい感じ』を感じたので悠夜さんに八つ当たりをする。
悠夜さんにはごめんなさいだけど、悠夜さんに触れる大義名分ができるからちょっと嬉しいと思ってしまう。
「とりあえず行ってくるから」
「いってら」
「ん」
悠夜さんがさっきした返事を紅葉さんがする。
それだけでモヤモヤするのは私の心が狭いからなのか。
もう少し私のことを好きと言ってくれた悠夜さんを信じるべきなんだけど、モヤモヤするのは抑えられない。
「行こうか」
「あ、はい」
紅葉さん達がお会計に向かったのを確認してから、悠夜さんが私に声をかけてくれた。
モヤモヤは晴れないけど、それだけで嬉しくなってしまう私はチョロすぎるかも。
なんて思っていると。
「……」
「……」
私達は、窓から私、悠夜さん、
そしてその板東さんが腕を組んで動こうとしない。
悠夜さんも何も言おうとしないから、ここは私の出番だ。
「あの、板東さん?」
「ん、なんだ
「えっと、出ないんですか?」
「ちょっと考え事してた。出るか」
板東さんはそう言って立ち上がり、出口に向かう。
私と悠夜さんもその後に続……
「悠夜さん!」
「あ、ごめん。あいつの後に続くのが嫌で」
「もう……」
別に仲良しになれとは言わないけど、もう少しだけ仲良くしたらいいのにと思ってしまう。
紅葉さん達とは仲良しだったけど!
「なんか怒ってる?」
「怒ってないです」
「そう? ならいいけど」
悠夜さんがそう言って動き出した。
実際はちょっとムッとしたけど、悠夜さんには理解できないことだから教えてあげない。
私のちっちゃな反抗だ。
「なんか可愛いを感じた気がする」
「いいから行ってください!」
私が頬を膨らまして悠夜さんを睨んでいると、悠夜さんが微笑んでから再度動き出した。
悠夜さんの微笑みだけで全部どうでもよくなる私はチョロいのだろうか。
「お会計の私達よりめ遅いのはどういうことかね?」
「ちょっと色々あった」
「ちょっとなのか色々なのかどっちかにしなさい」
私と悠夜さんが外に出ると、呆れ顔で待ってくれていた紅葉さんに怒られてしまった。
「そんなことよりも今日はこれで解散だよね?」
「もう少し帰りたいって気持ちを抑えられないかね」
「無理だね」
「無理かぁ、別にいいけど。もちろん女の子だけで帰らせるのは危ないからってボディーガードしてくれるんでしょ?」
「俺なんかよりもよっぽど信頼できるボディーガードがいるでしょ」
悠夜さんが呆れながら
「さくくんから熱烈な視線が。大変、紅葉ちゃんから嫉妬される」
「しないから! まあでも実際、この子一人いれば私達を守ることは
「二人して酷い言いよう。私はどこにでもいる普通の女の子なのに……」
倉中さんが泣くふりをしながら言う。
確かに倉中さんは見た目だけで言ったらか弱いどこかのお嬢様みたいな人だ。
そんな人がボディーガードなんてできるとは思えない。
「普通の女の子は暴漢をなぎ倒せないから」
「え?」
「さくくん、変な言い方するから珠唯ちゃんが誤解しちゃったでしょ。私は暴漢をなぎ倒したんじゃなくて、ナンパを三人退けただけ」
「武力でな」
「一人武術の
ちょっと頭の整理が追いつかない。
なんとなくこれは理解しない方がいい気がするので、私は考えることをやめた。
「とにかく、倉中さんがいれば俺は必要ないでしょ?」
「まあね。それなら悠夜は珠唯ちゃんを守りたいもんね」
「守るなんて大層なことはできないけどな」
「えー、もしも珠唯ちゃんが襲われてたら命に代えても守るんじゃないのー?」
「それは当たり前では?」
なんだか恥ずかしくなってきた。
絶対に嬉しすぎて変な顔をしている。
紅葉さんにはニマニマ顔で見られてしまってるけど、悠夜さんには絶対に見せられない。
「愛されてるね」
「何が?」
「悠夜にはわからない言葉で話したんだよーだ」
紅葉さんはそう言うと後ろを振り返り「じゃあねー」と言って倉中さんと
多分最後のは私に向けた言葉だろう。
恨んでやる、そんなこと言われたらニマニマが余計に止まらない、
「なんなんだよ。まあいいや、俺達も帰ろ」
「は、はい!」
「って言ってもいつも通りコンビニまでだけど」
「え……」
てっきり私はこの後悠夜さんと私の部屋でのんびり過ごせると思っていたのに、あまりの言葉に固まってしまった。
「ちょっと用事ができたんだよ。絶対に今度頭を撫でに行くから」
拗ねモードに入ってしまったせいか、悠夜さんの話を聞く気になれない。
今日は帰ったらあの話をすると決心したのに……
「ほんとにごめん」
「……拗ね終わりです。悠夜さんには悠夜さんのやることがあるんですもんね。私はまだ悠夜さんの後輩でしかないわけで、悠夜さんを拘束する権利はないですから大丈夫です」
「今度本当にどんな言うことでも聞くから」
「じゃあ結婚ですね」
「……その時に考えが変わらなかったら考える」
これはむしろ良かったのでは?
これで私は悠夜さんと幸せな人生を送れる。
未来に希望が持てる。
「仕方ないので許します。次に会う時は夫婦ですね」
「話が飛びすぎな。でもありがとう」
悠夜さんが私に微笑みを向けながら言う。
私がわがまま言ってるだけなのにずるい。
余計に好きになっちゃう。
「じゃあ行こうか」
「はい。あれ? そういえば板東さんっていつの間に帰ったんですか?」
悠夜さんのことで頭がいっぱいすぎて板東さんがいないことに気が付かなかった。
「知らない。興味ないし」
「私にしか興味ないですもんね」
「割とそう」
「ふん。どうせ紅葉さんのことも入ってるくせに」
「俺が好きなのはあなただよ」
悠夜さんのさりげない言葉に私の頭は爆発した。
ほんとにこの人は……
「悠夜さんのお耳赤いですよ?」
「寒いから」
「もしかしてぇ、照れちゃいました?」
「……俺ね、初恋なの。だから一言でこんなに恥ずかしくなるとか知らなかったんだよ」
「あ、ありがとうございます?」
嬉しさのあまり意味のわからない返事をしてしまった。
もうニマニマは止まらない。
こんな時間が一生続けばいいのに、なんて思ってる時間は一瞬で、コンビニに着いてしまった。
「やっぱり一緒に暮らしましょ」
「だから話が飛びすぎな? またすぐに会えるから」
「今日はトラップないですから」
「いつもないなら俺も自主的に行くかもしれないんだけどな」
今日は本当に私の下着トラップはない。
だけど悠夜さんの可愛い反応が見たいからたまにやってしまう。
悠夜さんは自主的には来ないけど、呼んだらほとんど確実に来てくれるから。
「だけど今日はバイバイな」
「バイバイって可愛いですね。まあ仕方ないので、私は一人帰ってお布団で泣いてます」
「俺の心をえぐるのやめなさい」
「冗談です。寂しいのは本当ですけど、頑張って耐えます」
こんな言い方をしたら優しい悠夜さんに罪悪感を与えるだろうけど、来てくれる約束をしたのにそれを破った悠夜さんへの嫌がらせだ。
悠夜さんの手が私に伸びてきたけど、途中で止まって戻った。
「ほんとにごめんね」
「い、いえ、私の方こそすいません。じゃあバイバイです」
「うん」
悠夜さんに手を振りながら歩き出す。
私は最低だ。
大好きな悠夜さんにあんな顔をさせて。
やっぱり私は悠夜さんを不幸にする存在なのかもしれない。
「悠夜さんに謝りたい」
なんて思って振り返ると、もうそこには悠夜さんは居なかった。
次に会った時、明日にでも悠夜さんをうちに招待して土下座でもなんでもして謝ることにする。
とりあえず帰ったら悠夜さんにごめんなさいの連絡をしなければ。
そんなことを考えていたら私の住むアパートに着いた。
しょんぼりしながら扉を開けて部屋に入る。
「やっぱり私は悪い子なんだよなぁ……」
気分が落ちているせいか、何もする気が起きず、靴も脱がずに玄関に座り込んでしまった。
とりあえず免罪符で謝罪の連絡をしてから
「っとその前に。鍵とチェーンしないと」
悠夜さんと約束した鍵とチェーンはしなければ。
これをしないで私に何かあったら悠夜さんは余計に悲しんでしまう。
まあ私の部屋に入って来るような人なんているわけが──
ガチャ
「え?」
私が立ち上がって鍵をかけようとすると、それよりも先にドアノブが回った。
もしかしたら悠夜さんが来てくれたのかと思ったけど、それは絶対にありえない。
だって悠夜さんはいい人すぎるから私が呼んだとしてもチャイムを鳴らすか連絡をくれる。
だからこれは悠夜さんじゃない、誰か別の──
「よう、珠唯」
「ばん、どうさん?」
扉を開けて入ってきたのは板東さんだった。
頭がこんがらがって状況が整理できない。
私が固まっていると、板東さんが後ろ手で扉に鍵をかけた。
「なんでここに?」
「そういえば珠唯と全然話せてなかったなって思ってな」
「そ、そうなんですか。えっと、なんでうちの場所を?」
私のアパートの場所は悠夜さんにしか教えていない。
それなのに板東さんが知っているということは……
「たまたま珠唯を見かけてな」
「いや、え?」
百歩譲ってここが私の家だとわかったのはいいけど、それでなんで勝手に入ってきて鍵まで閉めるの?
なんか板東さんの雰囲気も怖くて、今すぐこの場から逃げたい。
「あ、私お出かけする用があって、すいませんけど今日のところは……」
「帰って来るまで待っててやるも」
「いや、その……」
「あぁ、一緒に行ってやろうか? どっかの下心でしか珠唯を見てない奴と一緒に居るより安全だぞ?」
なんでいきなり自己紹介を始めたのだろうか。
もしも『下心でしか見てない奴』が悠夜さんのことを言ってるなら、私も黙ってるわけにはいかない。
「悠夜さんは私の大好きな人です。もしもその悠夜さんを悪く言うなら私は板東さんのことを嫌いになります」
「そう言えって言われてるのか。それといきなり告白なんかするなよ」
「はい?」
「俺のことを嫌いになるってことは、今は好きってことだろ?」
なんとなく悠夜さんの気持ちがわかったかもしれない。
確かにこの人とは話したくない。
「好きなら合意ってことだよな」
「なに──」
何が起こったのかわからなかった。
わかるのは、私の両腕を板東さんが拘束して、押し倒されているということ。
「好きでもない奴と一緒に居るのは苦痛だろ? もう無理しなくていいから」
何かを言わなければいけないのに言葉が出ない。
怖い。
悠夜さん以外の男の人がこんなに怖いなんて知らなかった。
だけどこれは私の罪に対する罰なのかもしれない。
悠夜さんにあんな顔をさせて、悠夜さんにわがままばかり言って、悠夜さんの優しさに漬け込んで。
悠夜さんのことを思い出すと涙が溢れてきた。
「泣くほど嬉しいか。つまり合意だな」
合意を求めてる時点で私が嫌がっていることを理解しているはずなのに、それをわからないフリでもしてるのか。
それとも本当にわかってない残念な人なのか。
嫌だ、悠夜さん以外の人に何かされるのは。
「……けて」
「ん? なんだ?」
「たす、けて、ゆうや、さん」
震える声で無意味に助けを呼ぶ。
来るわけないのに。
だけど悠夜さんならと期待してしまう。
あの時のように、絶望の淵にいた私を救ってくれた悠夜さんならと。
「またあいつか。洗脳もここまでくると可哀想だな。俺があんな奴を忘れさせてや──」
カチャ
あぁ、やっぱりあの人は私の救世主だ。
大好きです、悠夜さん。
「鍵とチェーンは掛けろって言ったろ。それと失せろクズゴミ」
悠夜さんの表情が暖かいものから一気冷たく変わる。
きっと怖いのだろうけど、なんでかな、恐怖とは違うドキドキで胸がいっぱいだ。
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