第15話 食事会④

「それじゃあ重役出勤も来たし、そろそろ注文しようか」


「なんだよ、俺が来るまで待たなくていいって言ったのに」


 紅葉もみじが俺の機嫌が悪くなったのを察したのか、微妙な雰囲気を壊してくれた。


 それなりに良かった雰囲気をぶち壊した張本人は寝ぼけたことを言ってるけど、別に注文はしなかったのではなく、話し込んでするのを忘れていただけだ。


悠夜ゆうやさんは何食べますか?」


 珠唯すいさんがさっきまで見ていたメニュー表を俺との間に置きながら聞いてくる。


「そういえば悠夜って外食嫌いだっけ?」


「うん。別に食べれないわけではないから付き合いなら外食もするけど」


 俺は人が触ったものが食べれない、他称潔癖症だから外食は基本的にしない。


『他称』は俺自身は潔癖症だとは認めてないけど、周りに外食ができないことを言うと潔癖症と言われるからである。


 まあ普通に外食はお金がかかるのと、人前で何かを食べるのが嫌なのもあるけど。


「今度私が手料理作って『私の作ったご飯が食べれないのかー』ってやつやってあげようか?」


「……多分あなたのならギリいける」


「呼び方違うからもいっかい」


「……多分紅葉のならギリいける」


「よろしい。つまり悠夜は私の手料理なら食べられると。私のこと大好きすぎかよ」


 なんか紅葉がすごい嬉しそうにしている。


 そもそもの話で、俺は確かに人の作った手料理は食べたくはないけど、出されたものは何でも食べる。


 たとえ嫌でも、ものを捨てる方が嫌なので食べることはできる。


 さすがに知らない相手のだと抵抗はあるけど。


「……」


「どした?」


 隣に座る珠唯さんが俺の服の袖を掴んできた。


「私が何か作ったら食べてくれますか?」


「それはもちろん」


「それがもしも悠夜さんが食べれないものだったとしてもですか?」


「うん。嫌がらせなら食べないけど、そういう意味じゃないんでしょ?」


 珠唯さんが頷いて答える。


「それなら食べるよ? あ、赤飯は除く」


「食べれないんですか?」


「うん。相当無理すれば食べれるけど、赤飯だけは本当に無理」


 大抵のものは嫌いでも食べれる俺だけど、赤飯だけはどうしても食べれない。


 赤飯を珠唯さんか紅葉が作ってきた場合は多分食べるけど、あまり作っては欲しくない。


 そしてそれを紅葉の前で言うべきではなかった。


「いい事聞いたぜ」


「言わなきゃ良かった」


「とか言いつつ普通に食べるのがさくくんだよね」


「それな。さくくんツンデレだから」


 なんか倉中くらなかさんと亜美あみが意味のわからないことを言い出した。


 確かに出されたら普通に食べるけど、誰がツンデレだ。


 男のツンデレにどんな需要が──


「お前らいつの間に名前で呼ぶようになったんだよ」


 楽しい時間は終わった。


 これから俺はミュートになる。


 隣で珠唯さんが小さい声で「悠夜さんの目が一気に暗くなった」と、少し驚いた様子で言っている。


「さっき。さすがに付き合いも長くなってきたんだから親愛の印にね」


「ふーん。じゃあ俺も紅葉って呼ぶか」


「え、やだけど?」


「なんでだよ!」


 俺が約立たずになったのを察した紅葉が板東ばんどうの相手を買って出てくれた。


 多分板東はノリだと思っているけど、紅葉は本気で板東に名前で呼ばれるのを拒絶している。


 やっぱり俺の反応を見て面白がる為に名前で呼ばせてるのだろうか。


「そんな事よりも早く注文しないと。そろそろ店員さんの目が痛くなるから」


「それもそうか。メニュー」


「……」


 板東が俺にメニューを求めて手を出してきたので無言でメニューを渡す。


 珠唯さんが雰囲気が悪いのを心配してあわあわしているが、向かいの三人はいつもの光景なので笑いを堪えるのに必死だ。


 だから向かいのは無視して珠唯さんに声をかける。


「決まってる?」


「あ、えと、悠夜さんと同じものがいいです」


「そう? じゃあ打っちゃうよ?」


「はい」


 最近は便利になって、人見知りにも優しく席で注文ができる。


 外食は基本しない俺だけど、これが全ての店に導入されたら行く気もほんの少しは起きるかもしれない。


「俺のも打て」


「……」


 板東がメニューを指さして俺に言ってくるので仕方なく打った。


 場所的に板東は打てないから仕方ないのだけど、ため息と舌打ちを我慢した俺を誰か称えて欲しい。


 多分向かいの三人は内心で「よく耐えた」と、思いながら笑っている。


「じゃあ私のも打って」


「亜美に頼め」


「けちー。やっぱり若い子の方がいいのか」


「やめとけ、それはなんか色々とやばい」


 確かに珠唯さんのは打って紅葉のはやらないとなると差別してるように見えるけど、そっちはそっちで打てばいい。


 なんで俺が全員分の注文をしなければいけない。


「だって亜美。悠夜は私達みたいな若くない女には興味ないって言うからお願い」


「さりげなくうち達も巻き込まれたぞ?」


「そうだよ。断られたのは紅葉ちゃんだけなんだからね?」


「ふっ、悠夜はそんなにチョロくないぞ」


「さくくん、うちのやつ打って」


「ん、どれ?」


「よし、喧嘩売ったな。私のやつは打たなかったくせに」


 何か上手いことを言ってる人がいるけど、フリには答えないといけない。


 だから仕方ないのであって、決して紅葉の反応を見て楽しんでいるわけではない。


 だから珠唯さんは俺の腕をつねるのをやめてください。


「亜美ちゃん、紅葉ちゃんが拗ねちゃうからお願いしていい?」


「いいよ。えっともみちゃんはこの『なんかやばいパフェ』でいいの?」


「……うん」


 紅葉が少し拗ねた様子で答える。


『なんかやばいパフェ』とは、亜美が適当に言ったのではなく、本当にそういうメニューがある。


 説明するのは難しいけど、見た目からしてなんかやばい。


「量も食材もなんかやばいね」


「もみちゃん、やけ食いは駄目だよ?」


「違うし。お腹空いてるだけだし」


 完全にやさぐれている。


 すぐにいつも通りの紅葉になるのはわかっているけど、なんか罪悪感が湧いてくる。


山中やまなか、残すなら俺が食べてやるよ」


「は? 全部食べるって言ってんじゃん」


「怒んなよ。可愛い顔が台無しだぞ」


「……」


 完全に拗ねている紅葉には何を言っても無駄だ。


 板東は完全に無視をされ、なぜか「恥ずかしがるなよ」とか意味のわからない勘違いをしている。


 気持ち悪い。


「注文確定。それじゃあさくくんよ、もみちゃんがプンスコだからなだめて」


「『プンスコ』ってきょうび聞かないけどな」


「『きょうび聞かない』ってきょうび聞かないけどね」


 言いたいだけだから当たり前だ。


 それよりもなんで俺が紅葉をなだめないといけない。


 確かに絶賛やりたがってる奴がやっても余計に怒らせるだけだから仕方ないんだけど、そもそも俺に何をしろと言うのか。


 なんて思っていたら。


「悠夜」


「何?」


「私のことをちゃん付けで呼んだら許してあげる」


「なんで俺が何かしたみたいになってる?」


「じゃあ悠夜の秘密を珠唯ちゃんにバラす」


「それはつまり俺との関係を全てゼロにするってことか?」


「それじゃないもん……」


 思わず声のトーンを落としてしまったせいで、紅葉を怯えさせてしまった。


 だけどこの場の全員が思っただろう、涙目の紅葉が可愛いと。


「ごめんって。最近不審者に似たようなことされてそっちが思い浮かんだんだよ」


「怒ってない?」


「うん。本当にごめんね、紅葉ちゃん」


「はぅ……」


 お望み通りちゃん付けをしてみたけど、なぜか紅葉は顔を赤くしてしまう。


 そして隣の倉中さんの背中に隠れるように顔を押し付ける。


 自分で呼ばせといて恥ずかしがるのはなんなのか。


 そしてさっきよりもつねる力が強くなってますよ、珠唯さん。


 さすがに痛いので珠唯さんのつねる手を離して俺の手で握って拘束した。


 そうしたら珠唯さんも頬を赤くして、俺の肩に頭突きしてきた。


 よくわからない雰囲気のまま、注文が届くのを待ったのだった。

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